前日談 アルミラ

 むかしむかし、おしゃれがだいすきなおうさまがいました。

 あるひ、ふたりのしたてやがおうさまに、ばかにはみえないというとてもふしぎなぬのをうりにきました。




 幼い頃に読んだ物語を思い出し、アルミラは小さく息を零した。


(詐欺師に騙されて見栄を張る。ああ、まさしくあいつに似合いの話だ)


 頻繁に行われる茶会で、アルミラは何度か同じことを問いかけたり、以前振った話題を再度振りなおしたりした。

 だがそのどれも、レオンは覚えていなかった。


(周りも気づいていながら黙っているのか、そこまでの興味があいつにないのかは知らんが……少なくとも、正直者の子供とやらはあいつのところには現れないだろうな)


 そしてアルミラもそれを指摘しようとは思っていない。自分が正直者からはほど遠い人間だと理解しているからだ。

 たとえアルミラがなにか言ったところで、レオンは認めようとはしないだろう。


(まあ、なんとかなるだろう。……それよりも今は)


 あっさりと切り替え、すぐ近くにいる侍女に顔を向ける。手足を縛られ跪いている彼女は、怯えた目でアルミラを見上げていた。


「それじゃあ休憩は終わり。知ってること全部、教えてちょうだい? おねーさん」


 アルミラの紅で彩られた唇が弧を描く。そして侍女の胸元を飾っている青いリボンを引っ張りながら、手に持っていたナイフの刃先を頬に当てた。


 


 人とは不思議なもので、普段とはまるで違う装いをしているとそれが誰なのかをすぐには判別できなくなる。

 それが普段は奇抜な格好をしている者ならなおさらだろう。


 短い髪、男の装い。令嬢としてあるまじき恰好は、今やアルミラの代名詞のようになっている。男装している令嬢が他にいないというのもあり、周囲に与えている印象は大きい。


 そのため、女性の装いをし、化粧を施し、かつらを被れば即座にアルミラだと判断できる者はいなくなる。

 よくよく顔を見ればわかるだろうが、すれ違う相手の顔をまじまじと眺めるような無粋な輩はそう多くはない。

 ましてやそれが街中で、平民用の衣服を纏っているともなれば、たとえ騎士とすれ違おうと気づかれることはないだろう。


(この恰好も悪くはないが、やはり男装のほうが性に合う)


 売り言葉に買い言葉のような勢いではじめたのだが、こうして法に触れることをするようになった今となっては、男装していてよかったとしみじみ思ってしまうアルミラだった。


(しかし、そこまで有益な情報はなかったな)


 街中を歩いていた侍女をさらい締め上げたまではよかったのだが、労力に見合わぬ結果に溜息を零す。

 コゼットの側仕えからはじまり、ミハイルの世話役、レオンの世話役、そしてまたコゼットの側仕えと転々としてきた経歴を考えれば、もっと色々なことを知っているかと思いきや、そんなことはなかった。


(王からの信が厚いかと思ったが、そうではなかったということか。情報を分散させているのか、あるいは誰も信用していないのか……ああ、実に厄介な相手だ)

 

 コゼットと知り合ってから十年。レオンの婚約者になってから八年。

 フェイに剣術を学ぶようになってから四年。


 両親もようやく色々なことを諦めたのか、アルミラの突飛な行動に口を出さなくなってきた。そのため、動きやすさも格段に変わった。


(あいつがあの性格じゃなければ無理だったな。……いや、あいつがまともだったら、そもそもこんなことはしていないか)


 アルミラとて貴族令嬢としての意識はある。たとえ愛情を抱けそうにない相手でも、友情くらいは育もうと思ったこともあった。

 だが茶会で出されたお菓子を強奪する以外にはろくに話さず、こちらがなにか言ってもろくに反応しない相手では友情を築けるはずもなく。


 アルミラは早々に「無理だ」と匙を投げた。


(コゼット様の子供だから一筋縄ではいかないと思っていたが、うん、あれは無理だ。そもそもこちらをどうでもいいと思っている相手に情を抱けるわけがない)


 侍女から聞いた話を思い出し、口を尖らせる。


 魔法の才は限界以上の魔力を使うとき、宿主のなにかを代替にする。そしてレオンにとってのそれは、記憶だった。

 だが印象深かったことは覚えているようで、アルミラが髪を切ったときのことや、男装姿で茶会に来たときのことは覚えていた。

 しかし、それ以外のほとんどは忘れていると言ってもいいだろう。


(自分が自分でいるために、魔法の才を持つ者は魔法組合に所属する。あいつにもそれを教えてやればよかっただろうに)


 侍女の語った話は一般的には知られていないものだ。王がどこからその情報を仕入れたのかはわからないが、レオンの状態を理解して次期王に指名したと思って間違いないだろう。


(ああまったく、この国はどうしようもない)


 アルミラは昔から、自分の置かれている環境が嫌いだった。

 次期当主になる年の離れた兄も、父も母も、そして淑女になれと言われる環境も嫌いだった。


 コゼットと意気投合できたのもそれが理由だ。嫌いなものが多い同士、話が弾んだ。


 だがそれでも、自分が生きている国は嫌いではなかった。どうしようもないと思っていても、嫌いにはなりきれない。


 紙袋を抱えた少年が目を輝かせながら走り、呼び込みをしている店主の声が響き、道行く人々が思い思いの話に花を咲かせる。

 こうした人々の営みを目にするたび、悪くないとそう思ってしまうのだ。


(この光景が損なわれるのは、嫌だな)


 そう心の中でつぶやきながら、血のついた青いリボンを路地裏に捨てる。

 敵の多い王のことだ。これでいなくなった侍女をわざわざ探そうとはしないだろう。

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