前日談 レイシア

 フェルディナンド家は小さいながらも領地を持つ家柄だ。だがこれといった特産もなく、税収が多いわけでもない。当主も穏和な人柄で、毒にも薬にもならない人物なのが、フェルディナンド家の平凡ぶりに拍車をかけていた。

 これといった政敵もいないが、刺激のある生活を送れるわけでもない。ただ穏やかな日々を過ごすだけの、本当にどこにもである貴族家の一つだった。



「レイシアも来年から学園か。寂しくなるなぁ」


 次期当主になる長兄のひっそりとした声に、レイシアは笑顔を返す。

 レイシアには上に二人姉がいたが、彼女たちはそれぞれ恋した相手に嫁いでいったので、今はいない。

 領地にある屋敷で暮らしているのは、レイシアと二人の兄、それから両親だけだ。


「長期休暇には会うんだから、そんなにしょんぼりしないでよ」


 肩を落としている長兄と次兄にレイシアは笑顔を振りまく。


「あんなに小さかったのになぁ……よちよち歩いてて」

「もう! 何歳の話してるの!?」


 年の離れた妹に、二人の兄と二人の姉は構い倒し、可愛がった。目に入れても痛くないというほどの可愛がりぶりに、実の両親は少しだけ引いていた。

 しかも、離れていると言っても一番上で十歳程度のなのに、なぜかことあるごとに幼児期の話を持ち出しては感慨深く語る。もはやどちらが親なのかわからないと、レイシアの両親はたまに頭を抱えていた。


「レイシアも少しは寂しがってくれてもいいじゃないか」


 次兄の訴えに、レイシアは丸い目をよりいっそう丸くさせる。

 なにを言っているのかと問いかけるような視線にさらされ、次兄はそっと目を逸らした。


「あのね、兄さん。学園なのよ。学園がどういうところなのか知ってるの?」

「そりゃあ、通ったんだから知ってるよ」

「なら、寂しがる暇なんてないってわかるよね」


 言葉の意味が汲み取れず、二人の兄が同時に首を傾げる。その様子に、レイシアはやれやれと言うように肩をすくめた。


「姉さんたちは、それぞれ商家の息子と馬番の息子と結婚したでしょ? それはもう熱々でおめでたいことだけど……やっぱり一人くらいは他の家と繋がりを作るべきだと思うのよ」

「いやー、今のままでいんじゃないかなぁ」

「甘い! 兄さん、甘い! こんな小さな家、なにかあったらすぐ潰れるかもしれないじゃない! そんなときに、助けを求められる家があるのとないのじゃ全然違うんだから!」


 レイシアの気迫に長兄は思わず身を引いた。


「そりゃあ私だって恋愛結婚したかったよ? だけど、兄さんたちは私に近づいてくる男の子全部叩きのめしたよね?」

「男なんてなにを企んでるかわからないんだから当然だろ」

「そのおかげで、今じゃ領地にいる年頃の男の子全員私のこと避けてるんだけど、それについてはどう思う?」


 なにもいえず黙りこむ次兄に、レイシアはまたもややれやれと肩をすくめる。

 二人の姉たちのように愛情を育み、そのまま結婚という道はすでに閉ざされている。だが、結婚しなければただのごくつぶしだ。他家の使用人になるか修道女になり神に仕えるかしか選択肢がない――それが、貴族令嬢というものだ。


「別に商家の人と結婚とかが嫌なわけじゃないよ。だけど、昔馴染みとかじゃない相手なら、貴族と結婚して繋がりを作るほうがよっぽど有益でしょ」

「いつまでも家にいればいいと思うけどねぇ」

「それで、兄さんのお嫁さんとか子供に、あの人いつもいるけどなにしてるの? とか、いつまでいるのかしらとか言われるの? 冗談じゃないわ!」

「そんなこと言わない相手見つけるからさぁ」

「それで二十五にもなって相手が見つかってないんでしょ? 妹もいるけどいい? とか聞かれて頷くわけないでしょうが!」


 逢瀬のたびに妹の話をし、極めつけに妹と同居になると言われれば、誰でも断る。

 ましてやフェルディナンド家に政略結婚するほどのうまみはない。人柄や容姿を武器に相手を見つけなければいけないのにこれでは、貴族相手どころか平民相手ですら見つからないだろう。


「だから、私は学園で家柄のしっかりしてる立派な人を見つけるわ。だから兄さんも頑張ってお嫁さんを探してね」


 ぽんと長兄の肩に手を置いて満面の笑みを浮かべるレイシアだったが、横から「……それなんだが」と声がかかり、視線を巡らした。


 ここまで兄妹のやり取りを見守っていた父親が頭をかいて気まずそうに視線を逸らしている。


「あまり家柄のしっかりしたところだと、ほら……それなりに持参金とか、必要になるだろ? だけど、うちじゃあなぁ」

「世知辛い!」


 がくっと肩を落としうなだれるレイシアだったが、すぐに気をとりなおし、拳を握った。


「なら、そこそこな家柄でそこそこ立派な人を見つけるわ!」


 決意のこもったその宣言に、家族一同思わず拍手を送る。



 そこそこな家柄でそこそこ立派な人を見つけるどころか、王子に目を付けられるとは知る由もなかった。

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