「馬鹿な奴」
レイシアが事態の悪さに恐れおののいている間にも、状況は変わっていく。じわじわと弱まる風の勢いに合わせるかのように騎士たちの包囲もじわじわと狭まっている。
だがレオンはレイシアの近くにいる騎士を睨みつけるだけで、そちらには一瞥すらくれない。
(馬鹿なの!? 馬鹿でしょ! 馬鹿だった!)
この状況でレイシアを気にかける必要なんてどこにもない。自己保身を第一に考え、行動するべきだ。逃げようと思えば転移魔法だろうとなんだろうと方法はあるはずなのに、レオンはそれをしない。
(なによりも、一番馬鹿なのは私だ)
慌てていたから、なんてものは言い訳にすらならない。アルミラにはっきりと、首輪になると言われていたのに不用意に外に出た。
騎士道精神を持たない騎士なんてごまんといる。その中には、人質を取ることを厭わない者もいるだろう。
そんな簡単なことに行きつけなかった自分の愚かさに、レイシアは心の中で地団太を踏んだ。
(この状況で私にできることって、なに。なにがある?)
騎士相手に大立ち回りができるような技術も腕力もない。一瞬の隙を突いて脱げだそうにも、そもそもどこに隙があるのかすらもわからない。
レイシアは凡才だ。いくら必死に考えようと、この危機的状況を乗り切れるような策は思いつかない。
切羽詰まった思考は取りとめもなくなり、自責の念により瞳が潤む。
レイシアは凡人で凡才だが、庇護欲をそそる見た目だけは一級品だった。
じんわりと涙を浮かべる愛らしい少女の姿に、騎士たちの間に罪悪感が湧く。だからといって、かわいそうだからと手心を加えるほど彼らは優しくない。
ここにいるのは生活に困窮していたりといった事情がある者がほとんどだ。人質に取った相手に同情を抱いたとしても、それ以上に大切な者が彼らにはある。
だからそう、騎士たちがすることは変わらない。
変わったのは、この中で一番レイシアを気にかけていたレオンだった。
たとえ大勢の前で手酷く振られようと、レオンにとってレイシアは隣で笑っていてほしいと願った相手だ。
それが今、目の前で泣きそうな顔をしているのだ。動揺しないはずがない。
「貴様ら」
地の底から這い出るような低い声に、レイシアの肩がぴくりと震える。
そして、レオンを囲っていた風がやんでいることに気づき顔をしかめた。
「そいつに傷一つでもつけてみろ。嬲り殺しにしてくれる」
台詞と状況の噛み合わなさに騎士たちが困惑の表情を浮かべる。彼らはこうしなければいけない事情があるだけで、完全な悪人ではない。
先ほど生まれた同情心も合わさって、どうしたものかと二の足を踏んだ。
「大人しくしてくれてるみたいだね、よかったよかった」
割りこんできた声がなければ、その隙をついて逃げ出すことができたかもしれない。
だが現実とは非情なもので、アルミラとミハイルを連れた人外のような男、フェイが到着してしまった。
「じゃあそこの君、縄をかけて。んで、えーと、フェルディナンド嬢だっけ? そこは危ないからこっちにおいで」
レオンに一番近くにいた騎士に指示を出し、レイシアに手招きする。
レイシアは突然来て突然場を仕切りはじめたフェイに、おろおろと視線をさまよわせた。
国一番と名高い騎士の話は聞いたことがあるが、フェイ自身を見たことはない。そして、アルミラとミハイルが現れたこともあり、理解が追い付いていなかった。
「貴様、わかっているだろうな」
「ん? うんうん、大人しくしててくれるなら彼女の身の安全は保証するよ」
射殺さんばかりに睨みつけられても、そんなものはどこ吹く風とばかりにフェイはへらへらと笑いながら脅しを混ぜる。
(なにこれ、どういうこと? なんでアルミラ様が? それにこの人誰?)
状況を整理するだけの情報がレイシアにはない。だがそれでも、自分が人質に取られたこと以外にもなにかしたせいで、レオンの置かれた状況がよりいっそう悪くなったことはわかった。
だから、自分の肩を押して歩かせようとする騎士を無視して、レイシアは声を張り上げた。
「あ、あの! レオン様がなにをしたって言うんですか!? レオン様は罪を犯すような方ではないと思います」
「え、ええ? 普段の横暴さを知らないの?」
「いえ、それは知ってますけど」
レイシアの主張に、フェイは困惑するかのように眉を下げる。
「なら罪を犯しても不思議じゃないよね」
「……弟の罪状を知る権利は、私にもあるだろう? レオンがなにをしたのか、聞かせてくれるかな?」
はぐらかそうとするフェイだったが、横からミハイルに口を出され、しかたなさそうに小さく溜息を零した。
「次期王を害そうとした罪ですよ。学園ではある程度のことはお咎めなしだけど、命に関わることなら別だって、知ってますよね?」
「次期王、だと? 俺がどう俺を害すと言うつもりだ」
「レオン殿下。ああ、もう殿下はいらないのかな? あんたはさ、長期間授業に出なかっただろ? そんなのは王太子にふさわしくないってことで、数日前にミハイル殿下に変わったんだよ」
「……なんだ、その話は」
目を見開き、呆然と呟くレオンの姿がいたたまれなくなったレイシアは、この場において一言も発していないアルミラを見る。
仮面をつけているせいでその表情まではうかがえないが、口を出すつもりはないのだろう。ただじっとレオンを見ていた。
「いやいや、知らない振りなんていらないよ。あんたはそれを知って、ミハイル殿下を害そうとした。そうすりゃ王の血を継ぐのは自分だけだから……ってね。いやー、転移魔法が使われたことに気がつかなかったら、危なかったよ」
朗々と語るフェイの顔は晴れやかだ。まるで嘘などついていないかのように。
「あんたがやろうとした罪は重い。王位継承権並びに身分の剥奪と、生涯幽閉。ああだけど、あんたの才を放置するのはもったいないから、必要なときだけは外に出ることを許すってさ。王の寛大さに涙してもいいんだよ?」
へらへらと笑う顔に、呆然としていたレオンの目に怒りが灯る。
だがその怒りの眼差しは、フェイを通り越してアルミラに向けられた。
「お前の仕業か」
苦々しく紡がれたその言葉に、アルミラはなにも答えず肩をすくめる。
「俺の代わりが兄上に務まるわけがないだろう。もう二度と俺に関わるな!」
捕縛され、連れて行かれるその瞬間までレオンはアルミラを睨み続けていた。
「馬鹿な奴」
アルミラの小さな呟きは、誰の耳にも届かず宙にほどけて消えた。
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