(二人……二人で雑談、だと……)
穴を抜け草を踏むと、アルミラはミハイルに目を向けた。そしてなぜか目を瞑っているのに気づき首を傾げる。
「ミハイル殿下……到着しました」
怖かったのかもしれないと自己完結して、そこには触れずに声をかけた。
「あ、ああ。助かったよ」
困惑の混じる声にミハイルは慌てて目を開ける。下ろされ足が地につくと、改めて隣に立つアルミラを見下ろした。
いつも通り男装しているアルミラのなにかが変わったわけではない。だがミハイルの目にはきらきらと輝いているように映り、目が合いそうになると思わず顔をそらした。乙女心のなせる技である。
もしも今が夜でなければ、朱色に染まった頬がくっきりと見えたことだろう。だが二人を照らすのは月明かりと、地面に置かれたランタンの灯りだけ。赤らんだ顔の理由を突き止めるにはあまりにも頼りない。
アルミラはミハイルの顔が多少紅潮していることに気がついたが、羞恥心からくるものか、火に照らされているせいだろうと片付けた。
「今すぐ学園に戻ろうかと思うのですが、よろしいでしょうか」
「あ、ああ」
ランタンを持ち手招きするアルミラの後ろをミハイルは大人しくついていく。
手を伸ばせば触れられるほど間近な距離に、ミハイルの鼓動は高まり続ける。
「ミハイル殿下」
アルミラの後ろ姿をまじまじと眺めていたミハイルだったが、不意にアルミラが振り返ったので勢いよく首を横に向け明後日の方向に視線を流す。
挙動不審すぎるミハイルにアルミラは眉根を寄せた。
「どうされましたか?」
「いや、なんでもない」
「なにか気になることがあるのならばおっしゃってください。学園に到着するのに時間もかかりますし、雑談するとでも思って……そのほうがミハイル殿下の気もまぎれるでしょう」
アルミラからしてみれば、ミハイルは誰かに襲われるかして穴に放り込まれていた。そのため気も張っているだろうし、気になることも多いだろうと緊張を和らげる目的も含めて提案したのだが、今のミハイルの耳は長時間二人きりであると聞き取っていた。
(二人……二人で雑談、だと……)
アルミラの認識はなにも間違っていない。間違っているのはこの状況で乙女心が暴走しはじめているミハイルだ。
「学園までどれくらいかかるのかな?」
「そうですね……馬を飛ばして三十分ほどでしょうか。二人なので、もう少しかかるかもしれません」
意識して二人と言っているわけではない。ただの事実として述べているだけなのだが、ミハイルはその単語に過剰に反応した。
頬に赤みが増し、もごもごと言葉にならない言葉を口にしては視線をさまよわせている。不審すぎるその挙動に、アルミラはさらに顔をしかめた。
「お加減でもよろしくないのでしょうか? それでしたら馬までお運びいたします」
「いや! それはいい。大丈夫だ」
先ほどの密着した体勢を思い出し、ミハイルは全力で首を横に振った。間近にいるだけでこれほどまでに心臓の鼓動が激しくなっているのだ。今密着したら高まりすぎて止まってしまうかもしれない。
ミハイルは自分の命を守ることに余念がなかった。
「かしこまりました。なにか聞きたいことなどはございますか?」
(聞きたいこと……趣味、か?)
一瞬悩みかけたミハイルだが、さすがにこの状況でそんなことを聞くわけにはいかないと、かろうじて残っていた理性が働く。
「君はどうしてここに?」
「学園で騎士の方々がミハイル殿下を探しておりましたので……私も探しに出ました」
「どうして君が? 騎士に任せておいてもよかっただろう」
「……転移魔法の痕跡があったと、騎士がおっしゃいましたので」
不自然な間を置いてアルミラが答えると、ミハイルの頭が乙女モードから切り替わる。初心で純情な男ではあるが、ミハイルはそれなりに優秀だ。
その言葉の不自然さにすぐに気がつき、それがどういうことなのかを考えはじめる。
「魔導士ではなく騎士がそう言ったのか」
「はい。魔導士が学園にいる痕跡はありませんでした」
「……なるほど」
思考に耽るミハイルにアルミラは「話の続きは歩きながらで」と短く告げる。あまり立ち話をしすぎると学園に到着するのが遅くなるからだ。
すでに闇は濃くなっている。消灯時間はすでに過ぎているだろう。
「騎士が噛んでいるとなれば……捜索範囲にない場所を探した、ということかな?」
「はい」
「しかし、よくそこまで話してくれたね。君はフェイから師事を受けていたとはいえ、騎士と交流があるわけではないだろう?」
「そこは……まあ、やり方はいくらでもありますので」
捜索範囲がすべてわかるまで騎士を捕まえては吐かせてを繰り返していたとは、さすがのアルミラも言えなかった。
それからミハイルは考え込むように押し黙り、アルミラもなにも言わず黙々と歩き続ける。とは言っても、馬までの距離はそう遠くはない。
すぐに馬を繋いでいた場所に到着し、アルミラは大人しく待っていた馬の背を撫でた。
「その馬は?」
「私の馬です。学園で世話してもらっていたので、連れてきました」
「そうか……そういえば、君は馬にも乗れるんだったね」
レオンの命令で馬術をたしなんでいるという話はミハイルも耳にしたことがある。それを思い出し、レオンはどんな命令をしたんだと苦笑する。
実際にどうだったのかと言うと、
「どうして俺が馬に乗らないといけないんだ!」
上手に馬を操れなくてレオンがいつものごとく癇癪を起こしたというだけだ。
「レオン殿下の代わりに私が乗れるようになれとおっしゃったのかと思いました」
「意味がわからん! どうしてそうなる!?」
そして、その数週間後に見事な馬術を披露したアルミラと、上達する気配のないレオンのやり取りがこれだ。
(……もしも私のためにとお願いしても、アルミラは同じようにはしてくれないだろうな)
二人の実態を知らないミハイルは勝手にへこんでいた。
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