「自らが裸の王であることをお認めになりますか?」


 食堂の騒動より一週間。レオンをちらちらと見る視線はあるものの、あの日のことについて触れる者はいない。

 レオンに話しかけるのが怖いということもあるが、なによりも関わったらろくなことにならなさそうだったからだ。人間多少無知であるほうが生きやすいこともある。


「エルマー、レイチェル嬢の様子は?」

「んー……警戒されてて近づけそうにないな」


 レイシアと友達になれるかと思われたレイチェルだったが、あれ以来レオンの目が厳しくなり近づくことすら難しくなった。


 ことの発端は、エルマーがレイシアを探ろうとしたのだが、困ったことにレイシアに女性の友人がいなかった。エルマーは女性とは親密だが、男性からは嫌われている。

 どう情報を集めたものかと悩んでいたところで、レイチェルが名乗りをあげた。


「同じ子爵家ですし、男性を手玉に取る手法は聞きたいと思っていましたの」


 ころころと笑うレイチェルは、学園を卒業したら二十以上年の離れた伯爵家の後妻に納まることが決定している。

 そのため学園にいる間は好きに遊んでいいと、親からも伯爵自身にも言われていた。酸いも甘いも噛みわけた伯爵を篭絡する術をレイシアから学びたいと、なんとも打算にまみれた申し出だったが、手詰まり状態だったエルマーはレイチェルにお願いすることにした。


 誤算があるとすれば、レイチェルとエルマーの関係をレオンが知っていたことだろう。噂話をする友達が一人もいないレオンがどうして知っていたのかは、仲睦まじく話す二人を目撃したことがあったという、とても単純な話だ。


 人目を憚らず仲睦まじくしていたわけではない。見られていたということ自体が、エルマーにとって誤算だった。


「人が来ない空き教室を選んでたんだけどなぁ」

「あいつは人目がないところをうろつくのが趣味だからね」

「どんな趣味だよ、それ」


 がっくりとうなだれるエルマーに、アルミラは快活に笑って返した。


「レイシア嬢の様子はどうだ?」

「甲斐甲斐しく弁当作っては運んだり、休憩時間や放課後、それに朝もあいつと一緒にいるな」

「……なるほど」


 食堂でのやり取りの子細はすでに聞いている。

 エルマーとの関係を知らなくとも、独占欲でなにかしでかすかもしれないと様子を窺っていたエルマーの所見も聞いた。

 その上でどうするかを、アルミラは考える。


「そろそろ焚きつけるとするか」


 可愛い妹分が仮面の奥でどんな表情をしているのかを想像し、エルマーはただ引きつった笑みを浮かべた。



 放課後、レイシアのもとに向かおうとするレオンの前にアルミラが立ちはだかった。


「なんだ」


 柱の陰から現れたアルミラに、レオンの眉間に皺が刻まれる。その様子にアルミラは肩をすくめた。


「なんだもなにも、そろそろ正式に婚約を破棄しようと思いまして」

「……すでに破棄すると言っただろう」

「陛下がお認めにならなければ、あなたがどれだけ言ったところで無効ですよ」

「ならば文をしたためればいいだろう」


 腕を組み不機嫌そうな様子は、アルミラが仮面を被ろうと男装しようと髪を切ろうと変わらない。六歳の頃よりたいして成長しないレオンの姿に、アルミラは苦笑を零した。


「私から言っても陛下は聞き入れてはくださらないでしょう。ですので、レオン殿下自ら陛下に文を送っていただきたいのです」


 うんともすんとも言わず黙りこむレオンを気にせず、アルミラは言葉を続けていく。


「短い髪、男装、仮面、女性にあるまじき姿に……それからあなたの兄に懸想していては正妃の座に相応しくないと、ありのままを書けばよろしいかと。次代の王からの直訴ですから、陛下も聞き入れてくださるでしょう――ああ、それとも」


 言いながらゆるく首を傾ける仕草に、レオンは感情の伴わないアルミラの笑みを思い出す。

 仮面の下ではきっと、いつもどおりの笑みを浮かべているのだろう、と。


「自らが裸の王であることをお認めになりますか? ええ、それでしたら文を送りたがらないのもしかたありませんね。そのような相手からどれほど懇願されたところで、陛下は聞き入れてくださらないでしょうし」


 噛みつくような視線に、アルミラは喉の奥で笑った。ここで折れるのなら苦労はしないのだが、レオンの性格を考えるにそれは難しいだろう。


「本当に王になれると思っているのなら、一筆したためてはいかがですか?」


 挑発するような声に、レオンは舌打ちしアルミラに背を向けた。なにも答えず去ろうとするのに、アルミラはやれやれと肩をすくめる。


「この先に用があったのでは?」

「……興がそがれた。レイシアには後で謝罪する」

「謝罪? あなたが?」


 驚きに満ちた声に、レオンは答えず苛々とした足取りで遠ざかった。その背中を見送りながら、アルミラは廊下の先――レイシアのいる教室に意識を向ける。


(文面を必死に考えるだろうから、今日はもうレイシア嬢に接触することはないだろう)


 レオンの監視が厳しくなっているレイシアに近づくのは至難の業だ。

 だがそのレオンが寮にこもるのなら、いくらでも近づくことができる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る