「君は正妃になりたい?」

  レイシアは一人教室で佇んでいた。他の生徒は皆帰り、教室に残っているのはレイシアだけだ。毎日のように迎えに来るレオンを待っていたら、こんな時間になってしまった。

 さすがにもう来ないだろうと諦めて、教室の扉に手をかけようとしたとき、扉が勝手に開いた。


 首を傾げ、視線を前に向けると見慣れた制服が視界に映る。そのまま顔を上に上げ、そこにいる人物を見て固まった。


 男子制服を纏う、仮面の人物にレイシアは極限まで目を見開く。もはや怪しいなんてものじゃない。怪しすぎて逆にどうすればいいのかわからなくなる。


「あ、あの?」

「今少しいいかな?」


 仮面のせいでくぐもっているが、聞こえてきたのは女性の声だった。しかもつい最近耳にしたような気がする声。

 レイシアが首を傾げると、「ああ」と呟いてから仮面が外された。


 アルミラが仮面を被りはじめてからというもの、レイシアはアルミラを見かけることがなかった。レオンが接触しないようにと気を配っていたのもあるが、なによりもアルミラがレオンとレイシアの両者を避けていたからだ。


 そのため、レイシアがもはやなんだかよくわからない出で立ちになっているアルミラを見るのはこれが初めてとなる。


「アルミラ様……!?」

「初めまして、というのもおかしいか。君のことはよく知っているし、君も私のことを知っているだろう?」

「レオン様のこと、大変、大変申し訳ございません」


 これ以上ないぐらいに顔を伏せて謝罪するレイシアに、アルミラは思わず苦笑を漏らした。

 そして小さく肩をすくめるとアルミラの頭に向けて言葉を落とす。


「咎めにきたわけではないから、もう少し楽にしてくれるかな? それじゃあ話しづらい」

「は、はい! 申し訳ございません!」


 がばりと勢いよく顔を上げ、勢いよく謝罪する姿にアルミラは額に手を当てた。


(なるほど、腹芸が得意なタイプではないな)


 エルマーから聞いた話と今の様子を合わせ、一人心の中で納得する。

「……レイシア嬢」

「はい、なんでしょうか」

「単刀直入に聞こう。君は正妃になりたい?」

「いえ、そんな! 滅相もございません。正妃になるべきはアルミラ様だと、私は思っております」

「ああ、うん。まあそれはいいんだけど……正妃の座を狙ってるわけじゃないってことでいいかな?」

「は、はい」

「うんうん。そうかそうか。……じゃあさ、レイシア嬢。私に少し協力してくれない?」


 きょとんと呆けた顔になるレイシアに、アルミラは忍び笑いをしながら顔を覗きこむように目線を下げる。


「これから話すことは他言しないでほしいんだけど、できる?」


 レイシアは正直聞きたくなかった。他言無用の話はたいていろくでもない話だからだ。

 だがアルミラに対する負い目がある。レイシアは戸惑いながらも、頷いた。





「――というわけで、助けると思って協力してくれるかな?」


 話を聞き終わり、真剣な顔で思案に暮れるレイシアにアルミラは再度問いかける。

 アルミラに対する負い目、レオンに対する複雑な感情、それから家のことや国のこと――色々なことを秤にかけ、レイシアは意を決したようにアルミラを見上げた。


「私がお力になれるのであれば」


 かすかに震えた声、それでも気丈に立つレイシアに向けて、アルミラは柔らかく微笑んだ。






 それからさらに一週間。レオンが婚約破棄を言い出してからもうすぐ一月が経つ。再来月には長期休暇があるため、アルミラとしては前期ですべて済ませたかった。


 そんなアルミラの願いを汲み取ったかのように、レオンから誘いの手紙が届いた。

 届けたのはレオンと同じ教室で学ぶ令息の一人。死出の旅に出そうなほど顔を青白くさせた彼に、アルミラは心の中で同情しながらも礼を言って手紙を受け取る。


 王からの返事は二日前には届いていたのだが、アルミラが徹底的にレオンを避けていたため、人を使って呼び出すしかなかった。


 そんな感じの恨み節からはじまる手紙に、アルミラは小さく苦笑いする。


「中庭か」


 そして手紙の末尾にまで目を通し、呟く。やれやれと言いたげな様子に真っ先に食いついてきたのは近くの席に座る、感情の赴くままに表情を変える友人だった。


「どうされましたの?」

「放課後だけど、別件が入ってしまったからまた別の機会でもいいかな?」


 アルミラは毎日のように放課後に予定を入れていた。ミハイルと過ごすこともあれば、今日のように友人と図書室などに赴くこともあった。

 そのため、レオンからの呼び出しに応えるためには取りつけた約束をどうにかしないといけない。


「ええ、構いませんけど……レオン殿下となにか?」

「まあ、そんなところ。呼び出されてしまっては応えないといけないからね」


 心配そうに胸の前で手を組む友人がなにか言う前に、午後の授業を教える教師が教室に入ってきた。

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