22話 他のおんなの匂いがする。

 ──薄暗い古城の尖塔と尖塔を繋ぐ城壁の通路の中、ぼんやりとした灯火をたたえる蝋燭の明かりが照らす光に、延びる影が二つ。


「ねーえぇ、もうすぐ査定”なんだけどぉ、首尾良く力を貸してくれるのよねぇ?心配しちゃうわぁ、こう見えてわたし、用心深いのよねぇ」


「……………………」


 血に濡れた、という表現も比喩にならない程の“赤”に染まった朱殷しゅあん色のドレスの女がやたらと間延びした声を垂らして眼前の鎧を見やる。


 呼び掛けられた、薄明かりに寒々と映る“鈍色”の鎧の騎士は、歩を止める事もなく淡々と進んで気にも止めない。


「あーらぁつれない釣れない。相変わらず無愛想だわねぇ。せっかくわたしと組んだのだからぁ、少しは仲良くしてくれても良いんじゃぁないのぉ?」


「………………」


「あーあぁ、貴方の声を聞いたのもぉ、今回の件でお話しをした時が最後だったしぃ……意志疎通が出来ているのかどうかってぇのもぉ、少々疑わしくなるわぁ」


 ひらひらと手を振るシャーロット。言葉ほど期待を持っていない事を感じさせる軽い口調で話す彼女は、武骨で重厚な存在感を発する“鈍色”の騎士の大きな背中にじっとりとした、それでいて懐かしむような細めた視線を向けて離さない。返答を待っていても返してくれない“彼”の無言の答えを、探るように察するように。


「……今でも、お母様の事を想っているのかしら」


 静かに呟いたシャーロットの噛み殺すような低い言の葉に、一瞬歩を止めた鈍色の騎士は、うかがい知れない甲冑の中の表情を無機質な仮面に乗せて、朱殷色の女を振り返って見下ろした。


「わかっているならオレの力を借り、守る立場の意味を知れ。所詮お前は……道を踏み外した下郎もいいところの女なのだからな」


 そう言い放ってさっさと一人で先に行ってしまう“鈍色”の騎士に、シャーロットは見開いて閉じることの出来ない双眸を震えさせながら固まって動けない。まるで、思いに想った相手への告白を両断されたかのように……自分の意思ではどうすることも出来ない他人の考えに圧倒されたかのように……普段、飄々として掴み所の無いシャーロットだったが、鈍色の騎士のたった一言の言葉で、彼女の思考は停止し、思春期の少女にも似た葛藤と絶望的な悲哀を全身に漂わせて一人、立ち尽くす。


「……わかっているわよぉ……だから本当は……貴方に頼りたくなかったの……でも……それでも、そうじゃないって想っていたのは罪なのかしら……?」


 薄暗い石壁の長い長い通路に消える朱殷色の彼女の声音は、喪失と空虚を滲ませる、何色にも見えない混ぜきった絵の具のような色をしていた。



────────────────────



「詰まるところ、お前自身に術式魔法の才能は無いってこと」


 くるくると回す指先に桜色の光る文字列を揺蕩たゆたせながら、ステラは器用に落ちた紙片を集めて纏めながらそう言った。


「じゃあなんだ………?俺はテスト失敗ってことなのかよ……」


「ん?べっつに魔法が使えないからどうこうってのは正直問題じゃないよ。逆に簡単に使われでもしてたら……場合によっては本気でお前を縛り付けてたかも」


「さらっと言ってくれるが、穏やかじゃねぇな……」


 俺に秘められた魔力。事の顛末を察するに、その“量”というか、この異世界では俺には別格で蓄えられている?らしい。フェリシアの体に移ったあの時に感じた万能感、紡いだ言葉が具現化される確信。あの感情のたかぶりは、もしかするとこの膨大な“魔力”のせいなのかもしれない。今は微塵も感じないその満たされた感覚が“術式魔法”のガソリンだとしたら一体、俺はあの時どこまでのイメージを現実のモノに出来ていたであろうか。それこそと思えた事に、俺はなんの疑いを持てない。


「まぁね。“術式”は後天的なものだけど、“魔法”は先天的なもので。お前達異界人にはどうにも揃って“魔法”のセンスがまったく無い!腹の中にとてつもない魔力を溜め込んでいる割に使える導線が無いだなんて、魔人ハルクの伝説も当てにならないところだよ」


「俺のもと居た世界で“術式魔法”とやらがバカスカ使えてたら、人っ子一人残らねぇよ。大体、唱えるだけで魔法が使えるなんて、どういう物理法則してやがんだこの異世界は」


「ウッサー。お前の世界の常識は世界フェスティリアじゃあ非常識なんだよ。“魔力”はそこら中に満ち満ちているし、お前自身の中にも存在している。ウッサーが“術式”と紐付けて術式魔法が使えないのはある種の制限なのかもね。が好き勝手使えたら、魔法使いでも裸足で逃げ出すかも」


使、ねぇ」


 もぞもぞといい加減にうざったくなった首輪のロープを外そうとする俺は、その単語の意味を反芻する。


 “魔法使い”と言えば、まさにそう、今目の前にいるステラやフェリシアなどが俺のもと居た世界では当てはまる対象といえるだろう。だがそのステラをして、魔法使いと言わしめる存在とは一体なんなのか。はてさてそもそも、魔法使いへの概念が違うとも言えるかもしれないが……。


「まぁ予想通りの結果だったし、問題はこれからかな。こら、外そうとしない」


「ぐぇっ」


 いそいそと首輪外しに勤しむ俺をぐいっと引っ張ったステラは俺の首を鷲掴みにすると、


「さて、ここからが問題だ」


「な、お前よ……」


 間近に近付けた顔で性悪な笑顔を差し向けてくる。


「駄目エルフ、もといダメルフ。お前が私利私欲の結果としてウッサーと一体化したのはわかってる。ウッサーは自発的に“術式魔法”を使う事が出来ないから、まず外部からの干渉があってその器を移し変えたと思うのが必然、だと勘繰るのはアタシの考え過ぎ、かな?」


 声音だけで詰問するようなステラの言葉に、蛇に睨まれたなんちゃら状態に陥ったフェリシアが、


「お、お、おっおっっ」


「あ?」


「覚えて無いんです!!!」


 キッパリとした叫びでそれ以上の追及を避けるように言い放った。無理もないかもしれないが、あの時のは一体化したというより、俺がフェリシアに乗り移って支配した、と言った方が腑に落ちる。ジェラルドの造り出した“木人”の時もそうだったが、俺の意識がぬいぐるみを離れて他者の体に移った時に、その本来の持ち主の意識や意思はまったく感じなかったのだ。灰茶色の豪炎の中、莫大な群青色の文字列の濁流や万能感を味わったのは他でもない、俺自身一人だけなのだった。

 

「……私は確かに、ステラ様の言う通りシュートを利用しようとしました。でも……」


「ジェラルドも言ってたけど、お前に異界人の魔力がどうこう出来るとも思えないし、ウッサーが“術式魔法”を使えないのはさっきので明白。……こりゃ、とんだやぶ蛇を突ついたのかもしれない」


 つぶらな瞳の俺を眼中に入れたステラは、まるで得体のしれない物体を見るようにその双眸を細める。


「……なんだよ」


 間近に並んだステラの双眸に尖ったものを感じた俺は、一瞬たじろぎながら幼い顔立ちの彼女を見詰め返してやった。


 そんな俺の細やかな気の張り合いも関係無く、ステラは苦々しく眉をひそめながら握った拳に力を込めて、俺の柔らかな布製の首を縛り上げていく。


「……なんだお前……」


 その声音はほんの刹那のものだったが、それでもそれなりに俺を扱ってきた彼女のものとは思えない程に深く、そして嫌悪に満ちた言の葉だった。



「他の魔女おんなの匂いがする」



 そう言って俺の首を締め付けるステラの指からは、黒色の光の破片が舞う。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ソーイング!~脱サラリーマン、ぬいぐるみになる~ YU+KI @yuki2323

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ