4-4「天狗」

「か、香織が誘拐されたァ!?」


 私のスマートフォンから、耳が物理的に痛くなるような声が響く。堂崎美琴だ。元々花織は堂崎美琴と海野沙織遊ぶ予定だったのだ。何か分かったら連絡する約束をしていたので、その約束を果たした。


「大声は出すな。今のところ無事なのは確認してる」

「ぶ、無事って。それなら良かったけど、どうして……」

「本人から電話が掛かってきた。監禁場所の電話でな」

「監禁場所からって……。そ、それ場所特定できないのか?」

「非通知で電話番号から特定は素人じゃ無理だ。警察にも連絡したいところなんだが、並々ならぬ事情で出来ん」

「で、出来ないって……。ま、まあ、分かった。そうか……無事、なんだな……」


 堂崎美琴なりに、物凄く心配していたようだった。


「分かった。香織によろしく言っておいてくれ。あ、それと、しょうがないとはいえ、チケットの詫びはしてもらうぞって、冗談めかして言ってもらえれば元気出るでしょ」

「チケット?」

「えーっと、あたしの趣味に付き合ってもらう予定だったんだよ。その、パンクバンドのライブ……」

「お、おう……そうか。伝えておくよ」


 見た目通りの趣味というか、いや元々の性格を考えれば意外というか。香織も付き合いが良くなったというか、本当に仲が良くなったというか。


「ね、ねえ小春くん。香織ちゃんの様子が……」

「え?」


 柴乃さんがスマホを差し出す。香織の身に異変が起きた様子だった。出ると香織はうなされる様な声を出している。


「香織? どうした香織!」

「い、いや……」

「嫌?」

「声が……」

「声?」

「声がする……」


 犯人が帰ってきたのかもしれない。このままでは香織が危険だ。


 そう思っていたのだが……。


「頭の中で……声が……」

「あ、頭の中? 外からじゃなくてか」

「あ、頭から……」


 疲れから幻聴が聞こえる事もある。今日は様々なことがあった。香織も疲弊しきっているのだろう。


「しばらく横になってろ。その幻聴ならたぶん寝れば……」

「違うの、聞こえるんじゃないの……」

「……は?」

「響くの……頭の中で……耳を塞いでも……頭の中で声が響いて……」


 奇妙なシチュエーションである。誘拐、山小屋、幻聴。それはまるで、天狗の仕業の様だった。


 日本各地に存在する天狗伝承。修験者しゅげんじゃの格好をし、赤ら顔で鼻の高い魔物。神であったり妖怪であったり、それは伝承や信仰によって様々だが、こんな話がある。『神隠し』と呼ばれる人が行方をくらます現象のうち、天狗が行う『天狗攫い』というものがあったり、突然空から石が降る『天狗礫』など……。また、天狗に嫁いだ女性は『川天狗』という妖怪になり、男を幻覚や幻聴で惑わす能力を得るという。


 私は妖怪は信じない。妖怪は空想上の産物だ。これは天狗の仕業ではなく人間の仕業だ。この世の不思議な出来事は、全て論理的に説明できる、それが私の考えなのだから。


「大丈夫か」考えた末に出た言葉がこれだった。大丈夫なわけがない。だが、そう声を掛けるしかなかった。

「大丈夫……その、初めてじゃないから……」

「初めてじゃない?」

「うん……最近よく聞こえるの……幻聴。頭の中だけで響く変な声が……」


 以前からある症状だったようだ。だが、今までそんな素振りを見せたことはなかった。


「その、前は聞こえても大して気になるほどじゃなかったの……。でも、ここに閉じ込められてから、声がはっきり聞こえてきて……」


 以前から聞こえていた幻聴が、誘拐されてからはっきり聞こえるようになった?


「どうした。香織ちゃんに何かあったのかい」と益子美紗。

「幻聴って聞こえたけど」そう言って友久も気にしてくる。

「あ、ああ。大丈夫だと思う。前から度々あった症状みたいで。疲れだろ。誘拐された疲れが合わさって、前よりはっきり聞こえてるとか……」

「……ん?」


 突然、友久が何か考えだした。そして、奇妙な事を私に頼んできた。


「なあ、その、香織ちゃんにちょっと訊いてほしいことがあるんだけど」

「訊いてほしいこと?」

「最近、歯医者行ったか」

「は、はあ? こんな時に何言って……」

「まあまあ、騙されたと思って。勘違いだったらそれでいいから」

「……分かった」


 渋々言われるがまま、香織に訊いてみる。


「香織、最近歯医者行ったか?」

「え? う、うん行ったけど」


 ほらやっぱり……え?


「い、行ったのか?」

「う、うん。虫歯になっちゃって。奥歯の方。あれ、小春に話したっけ?」

「……」


 思わず友久の方を見る。「どう?」って表情をするので、「そのようだ」と言わんばかりに頷いた。


「お! じゃあ幻聴の正体見たりだ! いや、幻聴だから聴いたり?」

「あの、どういうことなんだ友久」

「いやあ、実は俺も体験したことあってさ。こんな偶然あるんだなあって思ったんだけど、たぶん香織ちゃんも同じだよ。銀歯のせいで声が聞こえてるんだ」

「銀歯のせい?」

「なんでも、銀歯に含まれる金属の比率? だったり、銀歯の位置だったり、あとは顎の形だったり。そういうのが上手い具合に一致すると、骨伝導でラジオの音を拾っちゃうんだってよ。だからその幻聴は、銀歯の代わりにセラミックにすると直ると思うよ」


 友久が意外なことを知っていた事にも驚きだが、それよりも、その銀歯と骨伝導の話は、香織の場所を特定する重要な手がかりになる様な気配がした。

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