4-2「集い」

「え。えっと、ヨっちゃん? 誘拐?」


 友久の問いに、スマートフォンの通話口を抑えながら答える。


「さっき言ってた香織が誘拐されたらしい」

「えっ、ちょちょちょ、それマジ?」

「電話で来てるから無事ではあるんだが……」


 そう言って、再び通話に戻る。とにかく香織の安否が先だ。


「とりあえず、何かされてはいないんだな」

「うん。ただ小屋に連れて来られて、閉じ込められただけ」

「何処かは……流石に分かるわけないよな」

「一言で言い表すなら、ちょっと汚いロッジみたいな場所。山小屋かな……」


 そう言って、窓の外から見える景色を香織は伝える。


 周りは木々に覆われていて目印になるものは一切確認できない。森の中か、あるいは山の中だろう。窓は嵌め殺しで開けることが出来ず、扉も鍵を閉められてしまっているらしい。荷物も取り上げられてしまい、途方に暮れていたそうだった。


「この電話は、この小屋の備え付けを使って掛けたの。小春の電話番号、覚えていてよかったよ」

「親には?」

「えっと、それはまだ。余計な心配かけたくないし……」

「連絡した方がいいと思うが……。というか、誘拐犯、近くにいないのか?」

「外に出て行ってそのままだから、今はいないよ。いつ帰って来るか分からないから長電話は出来ないけれど」

「ふぅむ……」


 犯人はその場から離れているとはいえ危険な状況下であることには変わりはない。どうにかして香りを救い出したい。その気持ちは当然あるが、場所が分からなければこちらかは何もできない。香織の両親と、警察にきちんと事情を話すしかないか。


「おっと? この時間は確か講義があったんじゃないか? サボりかー?」


 そう言って後ろから、男勝りな声が聞こえてきた。振り返ると、鳴瀬小夜子と犬養柴乃さんがそこにいた。


「鳴瀬センパイに犬養センパイじゃないっすか! 大変なんすよ! 講義どころじゃないんす!」

「まって友久、下手に情報共有は……いや、柴乃さんなら大丈夫か?」

「オイ、あたしは蚊帳の外ってか?」

「まあまあ小夜子……。えっと、どうかしたの小春くん」


 柴乃さんなら香織とも面識があるし、話しても問題ないだろうと結論付けた。端的に現状を報告すると、当然ながら驚いた表情を見せた。


「か、香織ちゃんが!?」

「もしかして、柴乃の実家に着いてった高校生の子か?」

「そうです」と二人に返事する。


「警察に相談した方が一番いいんじゃないか?」

「それはまあそうなんですけれど……。本人から電話出来ているのがどうも気になって」


 そもそも電話回線が通っているということは、その小屋の回線費用は払われていることになる。誰かの所有物だ。警察に連絡するのも手だろう。ただ、通報によって犯人を刺激しても困る。ここでの判断は慎重に決めたい。


「とりあえず香織、俺たちは警察に一度連絡してみる。今から三十分後に、再びかけられるようならかけて……」


 そう言ったところで、横から柴乃さんが、「さみしく思うかもしれないから、私の電話につなげておいてもいいよ」と言ってくれた。一人で小屋に閉じ込められている香織にとって、知っている声がある方が気も楽だろう。お願いして、自分のスマートフォンから柴乃さんのスマートフォンに掛け直してもらうことになった。


「あ、それだ、繋げ直す前に……」

「なんだ?」

「美紗さんを呼んだ方がいいと思う」

「益子さん? 何故?」

「その、私を攫った人……。男の人だったんだけれど。美紗さんのことを話してたから」

「……え?」

「こ、怖くて内容はよく覚えてないけれど、美紗さんのことを話していたのだけは覚えてる。『益子美紗』だとか『偽名』だとか言ってた。だから、美紗さんなら何か知ってると思う……」

「……分かった。必ず助けるからな。急ぐから、おとなしく待っとけ。な?」

「うん……うん」


 私との通話は一度途切れ、間髪を入れずに柴乃さんのスマートフォンに着信が入る。変わらず非通知。出ると、きちんと香織の声が出てきた。


 私はすぐさま益子美紗に連絡を入れる。香織の誘拐と何か必ず関連性があるはずだ。美紗さんに連絡を入れて、警察に連絡を入れる。私が、いや私たちができることはそこまでだろう。


「はい、益子美紗です」

「益子さん。大変なんです」

「おや、開口一番大層なことを切り出すね」


 何も知らない益子美紗は、普段と何ら変わりのない柔らかな口調で話してくる。しかし、私が事の顛末を伝えると、声色を変えて返事をしてきた。


「香織ちゃんが?」

「犯人は男で、益子さんのことを話していたそうなんですが」

「……」

「なにか心当たりとか、ありませんか。香織も話の内容までは覚えてないそうなので、益子さんだけが頼りなんです」

「……警察にはもう?」

「いえ。これからです」

「分かった。警察への通報はもう少し待ってほしい。君は今どこに?」

「大学です。東正とうしょう大学」

「東正大学か……。分かった、一度そっちに向かう。すぐに向かおう」


 それからに十分足らずで、白のスバル・レガシィが大学前にやって来た。出てきたのはキャスケット帽子をかぶった、華奢で中性的な出で立ちの益子美紗だった。

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