第四章ㅤ天狗の声
4-1「攫い」
冬休みが明け、私は久々に大学に姿を現した。といっても、冬休みは年末年始を含めた約二週間しかこの大学はないわけで、大晦日と年明けの三が日を除けば、犬養柴乃のための調査で貴重な二、三日を潰した以外は実に有意義な暇を楽しむことができた。
今日は土曜日なのだが、残念ながら開校日である。午前で終わるとはいえ、こういう日の講義を受けてしまった自分が憎い。
「よう、ヨっちゃん! 冬休み元気してたか!」
後ろから急にどついて話しかけてきたのは、大学で仲良くしている数少ない友人の一人、安達友久だった。小洒落たパナマハットを被り、いかにも冬休み中遊び倒しましたと言わんばかりの笑顔をみせる友久を久しぶりに見て、大学の講義に向かうという現実をようやく感じ取ったところだ。
「ヨっちゃんって呼ばれるの初めてなんだけど」
「今考えた。いやあお互い講義がいい感じにかぶってて本当ラッキーよ。こうして気兼ねなく講義中に寝れるわけだし」
「ちゃんと受けろよ? あと半分は学科の必須科目で全員受けてるだろ」
「そうじゃないやつも一緒に全部履修しているのは、ヨっちゃんだけなのよ」
友久の交友関係は広いので、私以外の同期生とつるんでいることもあるが、どういうわけか見かけるたびに私のところへやって来る。大体、その魂胆は分かっている。
「ところでさ、犬養センパイの実家行ってきたんしょ!? やっぱ豪華だった?」
「なんで知ってんだよ」
「センパイ情報。お前センパイと連絡先交換してないだろ。ついさっき俺に直接『小春さんにお礼をしたいので都合の良い日を聞いていただけませんか』って来たんだからな」
「そんな日は無いって伝えておいてくれ」
「いや、中継されるのもちょっち面倒だから、お前の連絡先を伝えておいた」
「……嘘だろ?」
「マージ」
そうすると、自分のスマートフォンに通知が入る。無料通話アプリの友達登録の通知で、生真面目に本名の『犬養柴乃』に犬の絵文字が後ろに付いたユーザー名が申請を送ってきた画面が映っていた。
「こーいうの真面目にやるセンパイなんだよ。せっかくなんだから受けてやれって」
「って言われてもなあ」
「というかなんだよ、いつの間に『小春さん』なんて名前で呼んでもらえる仲になったんだよ……。そっちの方が気になるぞおい」
「気にするな」
「余計気になるんだよなー。なあ教えろっておい」
「しつこいぞ」
そんな男子学生らしい絡みをしている最中、再びスマートフォンに通知が入る。
「お、センパイからの催促かー? ほらほら、さっさと返信しなってー」
「いや、先輩じゃないな……」
「はえ、違うのか」
知ってる名前だった。堂崎美琴からのメッセージだった。万引き騒動に巻き込まれた、香織の同級生である。中身を読むと、何やら不思議な内容が書かれていた。後ろから勝手に友久が読み上げる。
「『香織と連絡が取れないんだけど、何か知ってるか?』ぁ? 待って待っておい、誰だよ堂崎美琴ちゃんって、だれだよ香織ちゃんってー!
「腐れ縁」
「出た出た! そういうのは漫画だけにしてくれよホント勘弁してくれなんでヨっちゃんの周りばっかり女の子が集まるんですか」
ぼやく友久を他所に、美琴に返信をする。
『いや、何も知らないが。』
『何かあったのか?』
『あたしと沙織と香織で遊ぶ約束してたんだけど、時間過ぎても来ないんだよ』
『アイツ、こういう約束をドタキャンするような奴じゃないし』
『連絡の一つもないから心配になって』
『香織にそっちから連絡は?』
『した。既読もつかない』
『分かった。こっちからも連絡入れてみる』
『ありがとう』
「俺を無視して黙々とやり取りしてるんじゃ、ないよっ!」
友久が優しく頭にチョップを当てた。
「で、マジで誰なのよこの美琴って子と香織って子。あと沙織って子」
「香織は本当に腐れ縁。幼馴染ではないけど、縁あって仲良くしてる高校の後輩。美琴と沙織ちゃんは香織の同級生だよ」
「ふーん。で、その香織ちゃんが約束すっぽかしちゃったんだ」
「みたいだな。そんなことする奴じゃないんだけど」
「それは普通に心配にならね?」
「気にはなる」
すると突然着信が鳴った。全く知らない電話番号が表示されていた。
「え、怖。電話番号じゃなくて、非通知から着信ってタイミング怖」
この時、私は何か胸騒ぎがした。香織が美琴との約束をすっぽかしたことと、この非通知の電話は何か関係しているような、そんな気がしたのだ。
「え、出んの?」
友久に止められつつも、私は恐る恐るこの非通知の着信に出ることにした。「もしもし」と一声かけると、聞き覚えのある声が耳に届いた。
「……小春……?」
「香織? 香織か?」
その声は紛れもなく香織だった。
「美琴たちが心配してたぞ。どこでなにしてるんだ。それに非通知って……」
「あ、あのね小春。その、落ち着いて聞いてほしいんだけど……」
「ん? なんだ」
「……あの、私、誘拐された……みたい?」
「……は?」
二秒ほど理解をするのが遅れたが、どうやら誘拐されたらしい。
……誘拐?
「は? 誘拐?」
「うん、たぶん」
「たぶん?」
「うん」
私は、いや、私と香織はまた、何か厄介なことに巻き込まれたようだ。
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