Ex1-2「鳴家」
「それ、マジもんの心霊現象じゃないっすか!?」
大袈裟に驚いて見せる安達だったが、当人である犬養柴乃は深刻そうな顔をしていた。少なくとも安達より、いやそれ以上に全く嘘を吐きそうにない犬養柴乃が、突然食器が割れたという話をしたということは、それは方便でも何でもなく、実体験に基づく吐露なのだと感じた。
「柴乃、無理しなくていいからね」
「うん、大丈夫、ありがとう小夜子さん」
「割れた……というのは、実際どんな風になんですか?」
私は何の躊躇いもなく状況を訊いた。私は妖怪だとかそのような類に興味はあるが、存在しないものだと考えている。もちろん真っ向から否定するつまりはさらさらないが、あの塵塚怪王といい百目々鬼といい、蓋を開けてみれば人の成した出来事だった。であれば、犬養柴乃の体験した出来事も、十分説明ができる何かがあるはずである。
「さっきも言ったけど、柴乃の食器は木端微塵に割れたんだ。一応写真撮ってある。みるか?」
「拝見します」
私は鳴瀬小夜子から、スマートフォンで撮影された写真を見せてもらった。それは疑いの余地もなく粉々になっていた。ギリギリ形を残した部分もガラス全体に
「うっわ……本当に滅茶苦茶だ……」
先ほどまで騒がしかった安達が絶句するほどの割れ具合である。
「あの、犬養先輩。この食器はどういう……」
「普通のボウルです。こちらに単身で来る際に実家から持ってきたもので……。実家でもよく料理していて、手馴染んだ食器を仕えた方が良いでしょうとお婆様が……」
「ボウルですか……」
「でもこれはほんの一部。たしか他にもジャム入れた瓶が一緒に割れてたよね?」
「そんなに割れたんすか!? やっぱその家呪われてるんじゃないんですか!?」
「私も住んでるのにそんな訳ないだろ。やっぱり馬鹿だな安達は」
「え、鳴瀬先輩も一緒というのは? シェアハウス?」
「違う違う、普通のアパートよ。私と柴乃は偶々だったんだけど隣同士の部屋借りててね。昨日はそういうわけだから、私の部屋に泊めてたわけ。もしアパートそのものが呪われてるんだったら、私の部屋の食器もバッキバキになるでしょ」
これは鳴瀬小夜子の言う通りだ。仮に呪いがあったとして、それがアパート全体にかかっているのなら、犬養柴乃の部屋のみに現象が起きているのは不自然である。もちろん犬養柴乃限定で呪いをかけたというなら話は別だが、そもそも呪いというものは断じてあり得ないし、信じるべきことではない。
「ジャム入れてた瓶って、既製品っすか?」
「ううん、さっきも言ったけれど私よく料理してて……お菓子とかも自分で作るの。だから手作りジャムを実家から持ってきた瓶に入れていたんだけど……」
「センパイの手作り! 愛が籠ってて美味しそうっすね!」
「ふふっ。昔から私の作ったジャムを入れてきた瓶だったから……。お気に入りだったんだけれどね」
「それは残念っすね……」
「安達ィ、あんただけ丸っきり役になってないの分かってる?」
「そんな! 俺はただ場を和ませようと、ね?」
「はいはい。それで、四谷くんだっけ。話だけだけど、原因分かる? いやまあ、本物の呪いとかだったらもう太刀打ちできないんだけれど……」
「呪い……」
安達や鳴瀬先輩の「呪い」という言葉に、犬養柴乃は妙に反応していた。犬養自身になにか、呪われる心当たりがあるのか、それとも……。単にほぼ二年連続でミスグランプリを勝ち取っているがゆえに、逆恨みされているから、というのも考えられる。やや考え過ぎだろうと思い、私はこの時特に呪いについて犬養柴乃から聞こうとはしなかった。
これまでの話を整理すると、犬養・鳴瀬が借りているアパートの一室、それも犬養柴乃が借りている部屋で妙な現象が起きており、それまではラップ音程度だったものが、昨日ついにガラス製品が割れるという事態が発生した。なんらかのトリックを用いた誰かの犯行か、あるいは本当の呪いか……。
「うーん、これやっぱあれっすよ。ほらよく言うじゃないですか、ヤナリとかいう奴! あの最初に行っていたラップ音も、多分ヤナリの仕業っすよ! な四谷!」
「なんで同意を求める?」
「だってお前そういう系得意じゃん?」
「なぁにヤナリって」
「《鳴る家》と書いて
「ほらな、四谷こういう系得意なんだ。ということはだ、その鳴家を追っ払うオマジナイなんかもあんじゃない?」
「そんなものはない」
「ないかー。妖怪だもんな。でもいい線行ってると思ったんだよ。ほら、先輩の持ってきた瓶古いって言ってたし。なんて言ったっけ、長いこと使った道具に魂が……。そうそう! 付喪神!」
「あのなぁ安達。さすがに俺からも真面目に……」
その時、安達の言葉で何かハッとしたことがあった。それを確固たるものにするため、犬養柴乃にもう一度、確認の質問をする事にした。
「犬養先輩。そういえばそのボウルもジャムを入れていた瓶も、ご実家から持ってきた物なんですよね?」
「うん。小さい頃から使っていた……本当に馴染み深いものだったの」
「小さい頃……というと?」
「え。えっと……物心ついたころ……? 十年……もう少し前……。でも、小学生の時には確実に使っていた、大事な食器だったの」
「……かなり、使い込んでいたんですね?」
「う、うん……?」
私は顎に手を当て、少し考えた。状況的には、それしかありえない。そして、《同時に偶々起きてしまった》だけなのかもしれない。私は一呼吸おいて、三人に行った。
「分かったかもしれません」
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