短編1 鳴家の硝子
Ex1-1「マドンナの悩み」
そろそろ冬本番になりつつあったその日は講義があったため、私は大学にいた。文学部に所属する私は、一必修科目を受けながら、単位の為に奮闘するしがない大学生だ。もうすぐ二限が始まる。私はノートと筆記用具、必要な教科書を出して待機する。
「おっ、今日は遅刻しないで済んだんだな」
「うるさいな! じゃ、ノート見して……」
「人に頼む態度か」
「そんなケチなこと言わんでよ」
私の隣に座った男は、同じく文学部一年の
講義も終わり、お昼となった頃、私と友久は昼食を取るべく移動していた。大学構内にはカフェテリアがあり、そこでいわゆる学食を食べることができる。この時間帯は特に混むが、三限になれば空くのでそれまで待つことにした。
「いやあ今日の講義も面倒くさかったな四谷」
「お前半分以上寝てたじゃんか」
「ばれなきゃ平気よ。おっとぉ……? あそこにいるのは……」
友久が見つけたのは、カフェテリアの外の席に座る美しい女性だった。私は彼女を知っている。二年の
そんな犬養柴乃はなにやら悩みがあるようで、同席している女性の友人と思われる人に涙ながらに話している様子が見て取れた。私は正直、人を見て美人だとは思っても、それをもって好意を抱くことがないのでスルーしようかと思ったのだが、この日ばかりは安達友久という面倒な友人がくっついていたのが運の尽きだったのである。
「あれー、犬養センパイ、ど、どうしたんすか!」
「あっ、安達くん……」
驚くことに友久はどういうわけか犬養柴乃と知り合いのようだった。
「あれ、知り合いなの?」
「知り合いっていうか、去年俺が見学しに行ったときの案内係してくれてたんよ。そこからの縁で色々大学について教えてもらってて。それよし、犬養センパイなんかあったんすか!」
「あんたたちには関係ないから。ほらほら行った行った!」
「な……。人が折角心配して声かけてのに、あんまりじゃないっすか
男勝りな口調で我々を追い返す女性は、やはり犬養柴乃の友人のようだった。友久によると彼女は鳴瀬
「な、なにがあったか知らないっすけど、悩みがあるならなるべく大人数の方が解決しやすいと思うんですよ。ほら四谷、なんていったけ菩薩がなんたらとか」
「三人寄れば文殊の知恵?」
「そうそう! いまここに俺と四谷もいるからその文殊よりも上の四人!」
「安達、お前ホント馬鹿だな」
鳴瀬のきついつっこみには同意せざるを得なかった。私としても面倒ごとに関わりたくはなかったので、大して安達の意見に賛同しなかったのだが、意外にも犬養柴乃の方から話を聞いてほしいとの要望があった。
「そのね。実は私の部屋で……怪現象が起きてて」
「怪現象?」
「うん。最初は妙な音が聞こえる程度だったの。ラップ音……っていうのかな。それくらいだったら気にしてなかったんだけど」
「えー! 十分怪現象じゃないですかー!」
友久は余計に事を大きくしがちなので、大袈裟に驚く素振りを見せたが、流石に見てられず隣から口をはさんだ。
「たぶんそれは、水分が原因ですよね」
「うん、それはそれが正体だと思う」
「水分? 四谷どゆこと?」
「古くても新しくてもこの現象は起きるんだ。木材を使用した家なら、木材に残った水分が蒸発したり乾燥した時、建材が収縮したり移動したりして建材同士がぶつかる。その時にラップ音が生じるんだ」
「へえ……安達と違ってそこの君は頭いいのね!」
「恐縮です」
「えっ、なんか俺だけ役立たず……?」
「でも、柴乃が体験したのはそれだけじゃないんだ」
犬養柴乃はやや青ざめた表情で、そこから口を閉ざしてしまった。余程の恐怖体験をしたと見えた。話せなくなった犬養柴乃の代わりに、今度は鳴瀬小夜子が話を続けた。
「酷かったのが昨日の出来事だ。柴乃は昨日、突然食器が割れるっていう体験をしたんだ」
「食器が……割れる?」
「ああ、それも木っ端微塵にな」
犬養柴乃の住む部屋は、どうやらいくつもの怪現象が起きる部屋のようだった。
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