2-9「盗り合い」

「なんだよ海野。スケッチブックだなんてオタクみたいなの持ち歩いてんだな」

 保屋朱音は海野沙織のスケッチブックを横取りしてそう言った。

「あっ……か、返して……」

「うっわ見てよ弥咲」

「ナニコレー。なんでみんな左向いてるわけ? 首痛いの? ウケルー」

「え、と、その」

「ほんと海野って根暗よね。ねえ朱音、これ美琴にも見せない?」

「名案じゃん! ほら海野、あたしたちがいろいろ、テンサク、してきてあげるよ」

「あ……返し……」

 声の小さい海野沙織の声は二人に届かず、ましてや力任せに取り返そうなどと、そんなフィジカルな事も出来ない彼女は、盗られた自分の大切なスケッチブックの行く末をただ見守ることしかできなかった。

 行動に移したのはそれからすぐであった。きっとあの二人の事だから、直ぐに堂崎美琴に見せるだろうと考えた。そしてそれは堂崎美琴が自分のバッグに忍ばせているはずだ。都合の良いことに、自宅から近いドラッグストアに、よく堂崎たちは買い物に来ている。制服姿ならバレてしまうだろうが、ほとんど見ることのない私服姿ならばれないだろう。普段は身につけない帽子も親から借り、ドラッグストアへ向かう。

 堂崎たち三人は化粧品売り場できゃっきゃと騒ぎながらみていた。これまた都合の良いことに、六城と保屋はバッグを肩から提げていたが、堂崎はバッグを地べたにおいて商品を見ていた。チャンスだった。しかしどうだろう、もしバッグは無くなっていたらいくら苦手な相手と言えど大騒ぎするかもしれない。海野沙織は少々困ってしまった。

 よくみれば、ギャルのわりには堂崎のバッグは缶バッチやキーホルダーなどと言った装飾品が一切ついていなかった。海野沙織自身のバッグと同じ、まっさらな状態である。なら、入れ替えればばれないのではないか。自宅から近いことをいいことに、すぐさまバッグを取りに戻る。この間に帰られてしまっては元も子もなかったが、なんとか三人が帰る前に戻ってくることができた。まだ堂崎はバッグを地面に置いている。すり替えるチャンスは、今しかない。


「六城と保屋の盗んだコンシーラー入りの堂崎さんのバッグと、何も入っていない海野さんのバッグがトレードされたあと、六城の音楽プレーヤーのせいで防犯ゲートが鳴ってしまう。この時二人は、商品の防犯タグが鳴ったのだと勘違いしたはずだ」

「スケープゴートにした堂崎くんのバッグの中身が鳴ったと思っていたのに、バッグからは出てこなかった。だからうっかり、保屋が口を割ったわけだね。バッグにコンシーラーがあるということを」

 益子美紗に、私は「うん」と同意を意味するように頷いた。

「そんなことを口走るものだから、店側としては事実確認をしなければならない。調べれば在庫が合わないことは一目瞭然だし、当然堂崎さんたちが盗んだと思う。ここから先は、堂崎さんもよく知る万引き騒動の顛末だ。では、上手くバッグを盗めた海野さんサイドは、どうなっただろうか」

 私はそう言って、海野沙織に話を振った。

「……帰ってきて、バッグを開いて。中にスケッチブックが入っていなくて……。生徒手帳や筆記用具、普通の物しか出てこなくて、しかもコンシーラーまで出てきました……。最初はその、私物だと思ったんです。でも……」

「堂崎が万引きで停学になって、もしかしてそれがそうなんじゃないかと思ったんだね……」

 香織は同情するように応える。

「正直に話せば、私の今回の推理は強引な推測に基づいている。ただ、断片的な状況証拠からは、これ以外にはっきりと辻褄を合わすことができる考えが生まれなかった」

「結局、四谷くんは一度、全員の発言が本当のことだと仮定した話を進めたわけだね」

「そうです。保屋が言ったというコンシーラーを盗んだ話、堂崎さんの何も盗んでいない話。どっちも嘘はついていないとしたら、堂崎さんの知らないところで盗んだんだろう。では盗んだとして、実物がなぜ消えたのか。どのタイミングからなかったのか。ブザーが鳴ってからバッグの中身は見たはずだから、同然ブザーが鳴る前には既になかったはずだ」

「となれば、保屋くんたちが盗んでから退店するまでの間に何かが起こった、と」

「その何かが、海野さんが堂崎のバッグを盗んだことだった……」

 しばしの沈黙が、公園に吹く風の音をうるさく感じさせた。静寂を最初に破ったのは海野沙織だった。

「ご、ごめんなさい! そ、その、私が余計なことしなければ、堂崎さんは……」

 涙を潤ませながら話す海野に、堂崎はそっと話しかける。

「謝んなよ。謝ったら海野が一番悪いみたいになるじゃんか」

「で、でも……」

「その……なんだ。やっぱあれだよ、ちょっとグレた罰が当たったって言うかさ。でも、よかったよ、海野の大事なものが戻ってきて」

「あ、その……ありがとう……」

「でも堂崎くん、君の親御さんにはなんて説明するんだい?」

「あっ! 忘れてた……。口利いてくれるかな……」

「えっ……?」

「今親と勘当みたいにされちゃってて……いや、うん、海野は気にしなくていいから! な、これはあたしの問題で……」

「だ、駄目だよ! お礼じゃないけど、その、私もちゃんと、説明するのに付き合うから……だから、ちゃんと誤解解こう?」

「……ぉう」

 まだ解決には至っていない。堂崎家の蟠りが解消されたわけではないからだ。一連の説明をご家族にもきちんと話し、堂崎美琴の誤解を解いてもらわなければならない。面倒な仕事だが、断る理由は私にも香織にもなかった。それから我々五人は、初めて堂崎家に足を運んだのである。

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