2-5「百々目鬼」

「海野さん、いくつか聞きたいことがあるんだけれど、いいかな」

「えっと、はい。お、お役に立てるなら」

 海野沙織はぽしょぽしょとそう答えた。

「まず。堂崎さんたち三人は実際に見た? 盗んだところを見てなくていい。本人たちを見たかどうか」

「み、見ました」

「あたしは海野がいたの気付かなかったなぁ……」

「せ、制服じゃなかったから……」

「じゃあ次。その時の三人の服装はなんだった?」

「制服でした。三人とも」

「間違いないよ。あってるあってる」

「細かくいくと、それぞれはどんな格好だった? たとえば、制服以外に身に着けていた者とか。マフラーつけていたとか、手袋していたとか」

「え? えーっと……わ、私が見たときは、六城さんがイヤホンしてて、堂崎さんがバッグ持ってて……保屋さんは手ぶらだったかな……」

「ばっちりばっちり! 弥咲そんときポッケに入れたウォークマンで曲聞いてたんだよ! 朱音が手ぶらだったのもあってる!」

「あっ、でも六城さんは、最後出る時は……してなかったような」

「ん、そうだっけ? そこまでは覚えてねーな……」

「イヤホンや本を最後までしていなかったのか」

 海野沙織が目撃していたのは、美琴の反応からそのほとんどが事実とみて間違いない様子だった。

「あ、あの、それと堂崎さん、その……」

「ん? なんだ海野」

「あ! や、い、いいんです! ごめんなさい! そ、それじゃあ私はこれで……」

「ああ、海野さん。また聞きたいことがあるかもしれないので、連絡先聞いてもいいですか」

 海野沙織が去る前に、私は連絡先の交換を申し入れる。あまり関わらない人と連絡交換するのは正直好きではないが、これまで得た情報や状況を踏まえると、今はこれが必要になってくる。

 海野は戸惑いながらも了承してくれた。メッセージアプリには『海野沙織』という本名が新たに追加されており、きちんと登録できたかどうかの確認で海野本人から「届いていますか?」というメッセージが送られてきた。私はその場で「届いたよ」と返事する。


 連絡先の交換が住むと、海野沙織はそそくさと帰っていった。時刻も夕方になり、香織は堂崎とともに近くのコンビニへ買い物へ行った。

「さて、ゴミの山の事件を解決した青年は、今回はどこまでわかったのかな?」

 益子美紗はなにか期待を込めて私にそう聞いてくる。もしかしたら程度であれば仮説は出来ているが、今回の場合はあまりに状況証拠のみでイマイチ話すことに気が乗らなかった。

「微妙です」と素直に話す。

「ふむ。確かに不自然な部分はあれど万引きだからね。盗まれたっていうコンシーラーが出てくればまた別だと思うんだけれど……」

「あ、コンシーラーの件なら大丈夫です」

「え?」

「あとは防犯カメラの映像を見せてもらえれば、大分状況は固まるんですけどね……。今の状態じゃ状況証拠ばかりでなんとも」

 益子にそうボヤキながら、私はどうにかして防犯カメラの映像を見せてもらう方法を考える。すると、益子から語り掛けてきた。

「しかし、女性の万引きって聞くと、どうもあれを思い出す」

「あれ?」

「どこかで聞いたことがあるんだけれど、その昔盗みを働いた女性の身体に目がついて妖怪になったっていう」

「あー。百々目鬼どどめきですか」

「よく知ってるねえ」

「まあ、を大学で学んでいるので……」

「へえ、なんか面白いことを学んでいるんだね」

「しかし、百々目鬼か……。目……」

「あの目っていうのは、盗んだお金の穴だとか言うそうだね。鳥目の精だったかな」

 そこまで聞いて、私はハッとした。丁度良いタイミングで二人がコンビニの袋を抱えて帰ってくる。私はすぐに堂崎に詰め寄った。

「なあ堂崎さん。君、あの日のバッグってどういう風にしてた?」

「ふぇ!? えっと、どうしてたって?」

「ずっと手に持ってたのか? 一度でもバッグから目を離したことは!」

「え、えーっと、化粧品見るのに床に置いたり、その、お、お花摘みに行くときとかは弥咲たちに見てもらってたけど……」

「そうか、そうかそれだ。なにもかも目を盗んで行われていたんだ」

「ちょ、ちょっと小春! 一人で盛り上がってないで説明してよ」

 困惑する二人を他所に、私は益子に交渉を持ちかける。

「益子さん、最終確認としてどうしても防犯カメラの映像が見たいんです。どうにか見る方法ないですか」

「うーん……。防犯カメラって言うのは、基本的には警察にしか開示されないからねえ……。映像を見せてもらうための証明書もあったはずだし」

「そうですか……。では難しそうですね。なら別の相談です。これは堂崎さんたちにも関わるので手伝ってほしいんですが……」

「え? あたしらも?」

「……無理のない範囲で頼むよ? いくら記者とはいえ警察にはコネの無い一般人だからね」

「大丈夫です、そこまで大掛かりな事じゃないですから」

 そう言って、私は三人に頼みごとをした。それは先ほどの防犯カメラの映像を見たいという無理難題よりはるかに簡単で、しかし対応できるか微妙なラインの御願いだった。

「六城と保屋を、あのドラッグストアまで呼んでほしいんです」

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