2-6「最後の確認」
「弥咲と朱音を呼ぶつったって……、本人が無理って断ったのに無理じゃね?」
堂崎美琴はいったん否定した。それもそのはずで、一度話が聞けるように頼んで失敗しているのだから、そう思うのも無理はない。
「まあ普通ならそうだな。でもあの二人に来てもらう必要がある」
「それは、あのドラッグストアで状況の再現を行いたいって事かい?」
「言ってしまえばそういうことです。推測ですが……、盗まれたこと、それが無くなったこと、堂崎さんは盗んでいない。全てが事実であるなら、一つ今仮説があるんです。その再現に、二人の協力がどうしても必要なんです」
「だってよ堂崎。もっかい連絡してみたら?」
「んー……絶対無理だと思うけど、一応メッセ送ってみる」
堂崎美琴は再びメッセージを送るためにアプリを開く。せっかくなので、文章は私が考えたものを入れて出してもらうことにした。
「本当にこんな内容で送んの?」
「ああ、頼む。グループではなく、個別でな」
「……ほい送信。本当に『今からちょっと用があるから家に行く』でいいのかよ。これウチらが弥咲たちの家に行く話になってない?」
「いいんだよ。これから行くんだから」
「小春、もしかして直接説得するつもり?」
「説得……といえば、まあ説得かもしれないけど……」
「まあ、ここはこの名探偵くんの指示に従ってみようじゃないか。堂崎さん、二人の家まで案内を頼むよ」
「お、おう分かった。で、まず誰ん家から行くんだ?」
「コンシーラーを盗んだことを知っていた保屋朱音の家を頼む」
「分かった。っと、丁度返信きたな。今家にいるみたいだ。『何の用?』って来てんだけど」
「『預かってほしいものがある』って送ってくれ。何かは何もないが伏せて。大きなものじゃないから安心してぐらいのことを入れて」
「ほいほいっと……。『よくわからないけどいい』ってすぐ返ってきた」
「断る理由思いつかないしな。じゃあ行こうか」
私たちは堂崎美琴に案内され、まず保屋朱音の自宅へ向かう。二階建ての一軒家で、表札にも保屋とあった。堂崎がインターホンを押すと、ぶっきらぼうな声の応答がする。おそらく保屋朱音だろう。堂崎だと分かると、今行くと返答してブツリと声が途切れた。カメラ付きのインターホンだったが、丁度堂崎自身が死角となって私たちは見えてなかっただろう。
ガチャリと家の扉が開く。バイオレットに髪を染めた保屋朱音が出迎えた。
「おっす朱音」
「お、おう……誰、後ろの。一人は……桜庭?」
「あーっと、なんか桜庭も用があるっつって、その、さっきそこであって」
「は? 桜庭と縁ないんだけど、なに?」
焦る堂崎をみて、私が間に入る。堂崎を下がるようにジェスチャーで促し、今この場は私と保屋朱音の一対一の状態になった。
「だ、誰だよお前」
「名乗るほどでもないし名乗るつもりもない。ただ、万引きの真犯人にもう一度あのドラッグストアまで来てほしいとお願いしに来ただけだ」
「は、はあ? 万引きとかしてねーし! あれだ、名誉棄損で訴えるから」
当然、急にこんなことを言われて怒らない『犯人』はいない。扉を閉めようとする保屋朱音に対し、足を出して閉まらないようにする。勢いよく閉めたので正直物凄く痛かったが、ここは我慢だ。
「うわ、キモ……なに不審者!?」
「君、もう一つ盗んでるだろ。コンシーラーじゃなくて、海野沙織から」
「!? な、なんで知って……」
今、私しか知り得ていない情報を保屋に突き出す。先ほど海野沙織と連絡先を好感した際、やんわりと本人から聞いたのだった。海野沙織自身も、なぜ分かったのかと返事が返ってきたが、それはまた後程答えると言って今は止めている。
「人の物を奪って、その上万引きまでして、その罪を友人に擦り付けようとして。学生の割になかなかワルじゃないか。もし、君が海野沙織の物を返してくれたら、別にドラッグストアまで来なくてもいい。断れば、警察を通してきちんと現場検証としてついてきてもらう」
「な、なにモンだよアンタ……け、警察の人?」
「んー……探偵かもしれない。どうする? ドラッグストアで全部の罪洗いざらい暴かれるのと、今ここで内密に万引き事件の真犯人って言うことだけばれるの」
ほぼ脅迫めいた言い方で保屋を追い詰める。保屋朱音は、何故見知らぬ男が、知り得ないことを知っているのかでパニックを起こしている様子だった。
「あ、あたしは今持ってない……今は弥咲が……」
「本当か?」
「ほ、ほんとほんと! これは嘘じゃない!」
「分かった。堂崎さん。次は六城弥咲の家に案内してくれ」
「え? 朱音はもういいのかよ」
「おう。益子さん、申し訳ないんですが保屋朱音さんと待機してもらえますか」
「いいけど……」
益子は何かを言いかけようとしたが、それが『見張りの役目』だと分かり、不敵に微笑んで了承した。
「それじゃあ、保屋朱音さん、しばらくよろしくね?」
「え、やだイケメン……」
「じゃあお願いします益子さん」
「分かった、ここは任せて」
ここを益子に任せ、私たちは六城の家に向かう。
六城弥咲の家はアパートだった。三○五号室に、六城という表札があった。ガチャリと扉が開くと、すぐに六城弥咲が現る。おそらくポケットにウォークマンを忍ばせ、イヤホンでシャカシャカと聞きながら現れた六城弥咲は、見覚えのある堂崎と桜庭、そして見慣れない私という男を見て訝しむ様子を見せた。
「あの、すまん弥咲。なんかその、桜庭が弥咲に訊きたいことがあるってさ」
「いや堂崎、お前嘘下手か!」
「訊きたいこと? は? 嘘? ちょっとまって意味分かんないんだけど……」
アパートという場所は都合が悪い。ちょっとのトラブルも近所にばれやすい。私はすぐに話を進めることにした。
「六城弥咲。君からは海野沙織から盗ったものを返してもらいに来た」
「……え。なんで知って」
「ちょ、ちょちょ。待ってナニソレ、海野から盗ったって、え? どっからその話が?」
「君に与えられた選択肢は二つ。今ここで海の岬から盗ったものを返して、罪を万引きの真犯人だけにするか、それとも返さずドラッグストアまで私たちと行き、万引きとた生徒からの強奪、及びその罪を同級生に擦り付けようとした行為全てを洗いざらい晒されるか。どっちがいい」
「ど、どっちって、お前、今全部言って」
「君がすぐに海野さんの物を返してくれるなら、万引きの事実以外は口外はしない。これは海野さんとの約束事でもあるからな」
六城もまた、見知らぬ男に知り得ない情報を知られている意味不明な恐怖を感じている様子だった。ハッキリ言って、今の俺はすごく気持ち悪い男になっている。
「わ、分かった、分かったから、持ってくるから……」
六城弥咲はそういうと部屋の中に戻り、数分後私たちにスケッチブックを手渡した。これが、海野沙織から盗んだものである。
「こ、怖いからもう行ってくれ……」
「分かった。済まなかったな、ありがとう返してくれて。それじゃあ」
「えっ、終わり? ドラッグストアまで行かなくていいの?」
「俺たちは行くけど彼女たちはもう来なくていい。益子さんにも連絡しておこう」
「ちょっと小春! 一人で納得してないで私たちにちゃんと説明してよ!」
「分かった。ドラッグストアで説明する」
スケッチブックを持って、私は足早に六城のアパートを去った。六城はしばらく扉の前で異様なものを見るような目で私を見ていた。
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