2-4「錯綜」

 益子と連絡を取り、例の公園で待ち合せることにした。公園に着いて数分すると、益子と堂崎がやってきた。どうも調査中に仲良くなったようで、大分意気投合している。益子のコミュニケーション能力が高いのか、私が低いだけなのか。

 益子は、アポイントメントの失敗を告げた。六城も保屋は都合が悪く無理とのことで、話を聞くのは不可能になってしまったという。また盗んだ時の目撃者を捜したが見つからなかったそうだ。こちらは骨が折れる作業だということは重々承知していたため致し方ないが、不良グループの残る二人に話を聞けないのは痛い。話を聞き終え、こちらも得た情報を伝えた。

「バイオレットに髪を染めてるって……それ朱音じゃん!」

「やっぱそうだよね」

 香織たちによれば、店長の言っていたバイオレットに染めた子は保屋朱音らしい。もう一人の六城弥咲は茶髪に染めているので、間違うはずがないとのことだった。

「堂崎さんが嘘をついていないのならば、その保屋って子が嘘をついていることになるけど、話を聞けないんじゃ確認しようがないね」

「くっそ……まさか朱音、はめたのか!」

「はめたって何を」

「何をって、朱音が万引きの罪を着せたんだよ!」

「罪を着せたんだったらバッグの中から盗品がちゃんと出てくるんじゃ」

「……あっ、確かに」

 怒りに任せて発言する堂崎に、香織は冷静に返す。実際、堂崎が本当に盗んでいようが保屋が罪を着せていようが、いずれにせよ現物が存在していないが最大の謎となっていた。

「……そういえば、その騒動の後ちゃんと自分でもバッグの中身は確認したのか?」

 私はしごく当たり前のことを聞き忘れていたので、このタイミングできちんと訪ねた。

「いや、見てないけど」

「はぁ!? 堂崎あんた、自分のことなのになんで見てないの!?」

「なんでって言われても帰ってきてないんだからしょうがないだろうが!」

「帰ってきてない?」

 堂崎は後出しでどんどんと新しい情報を出してくる。もちろん聞かなかった自分も悪いのかもしれないが、しかし、バッグが本人の手元に帰ってきていないというのは驚く情報だった。

「その……要は盗んだものが出てきてないから、そのバッグ含めてちょっと家宅捜索みたいなのされて。押収されてて……。確認しようにも出来てない」

「だから停学か。出てきたら連絡が行くように」

「まあ……その、追い出されてるけど」

「一旦整理しよう」

 そう言って、これまでわかっていることを四人で整理することにした。まず何が解らないのかを挙げていく。盗んでないはずなのに防犯ゲートが鳴ったのはなぜか。なぜ保屋朱音は堂崎美琴が盗んだと証言したのか。盗まれたコンシーラーはどこへ消えたのか。大きくこの三つだろう。次に分かっていることを挙げた。堂崎美琴はコンシーラーを買おうとしたが手持ちがないので買わなかった。バッグは押収されていて存在しない。堂崎たちが化粧品コーナーにいることは防犯カメラに映っている。

 ある程度まとめたところで、未確認の情報を堂崎に聞く。

「そういえば、財布に手持ちがないって言ってたけど、店で財布は開いたのか?」

「いや、開けてない。無いのを思い出しただけで、店でそもそもバッグすら開けてねーんだ」

「そのバッグって言うのは、今香織が持っている学校指定のバッグか?」

「ん、そう。あ、ついでに言うと中はほとんど空でさ。教科書とか全部置き勉してるし」

「じゃあ、その時バッグに入れていたのを詳細に」

「んえー? えーっと、まあ財布は当たり前で、学校で買ったミルクティーのペットボトル、弁当箱、あと学生証……」

「え、堂崎ちゃんと学生証持ってきてたの?」

「や、その、い、いいだろ! わ、悪になりきれてなくて悪かったな」

 謝る所ではないと思うが、堂崎が大層バツが悪そうに、恥ずかしそうにしているの見て、不良を公言しているとはいえ年相応の女子高生なのだということを改めて感じさせた。

 そういうやり取りをしていると、不意にまた誰かが「あの……」声を掛けてきた。私は聞き覚えの全くのない声だったが、香織と堂崎は知っている様子だった。見ると、茶色い縁の眼鏡をかけた黒髪の、いかにも文学少女といったような女の子がいた。制服は香織たちと同じなので、同級生かもしれない。

「あれ、海野さん……?」

「あっ、あの、この間の万引きで桜庭さんが調べてるって噂で聞いて……」

「香織、この子は?」

「ああ、海野沙織ちゃん。同級生で同じクラス、図書委員やってるの」

「なんだ海野。なんか用か」

「あ、や、その……」

 海野沙織は堂崎美琴を恐れているように感じた。堂崎が何かしたのか、あるいは海野沙織自身が堂崎のことを勝手に恐ろしく思っているだけなのか。それは分からないが、顔色があまり良くない。

「何か、伝えたいことでもあるのかい?」と益子が気を利かせて海野に尋ねた。

「あ、あの……そのとき、実はその、私もあのドラッグストアにいて、音は聞いてて……」

「ま、マジか海野! じゃ、じゃああたしらがいたのも見てた!?」

「う、うん、いるのは知ってた」

「や、やった……やったよ桜庭! も、目撃者だ!」

「い、いや、目撃……はしてないの。その、盗んだところを見たとかはしてなくて……。でも、そこにいたから、何か役に立てることあるかな……ってちょっと思って」

「マジかよ……。いやでも、海野マジ天使じゃん……」

 心の底から嬉しそうな声を堂崎が出す。私もこの海野沙織という、防犯カメラを除けば唯一の目撃者かもしれない存在の登場は願ってもないチャンスであった。当時の出来事を、カメラ以上に知ることができるかもしれない。


 そして、私はこの時、はっきりと何がそう感じさせるのかわからないほど、少し妙な違和感を覚えた。

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