2-3「二手に分かれて」

 堂崎に案内されてやってきた、事件の起きた店というのは、どこにでもあるドラッグストアだった。記憶が正しければ一部上場企業の、全国展開しているチェーン店だ。この手の店では薬のほかにも、食品や生活雑貨のほか、ペット用品に当然化粧品も取り扱っている。

「入口に確かに防犯ゲートがあるな。ちなみに入った時は鳴ったか?」

「鳴んなかった。出る時だけ。だから店員も止めに入ったんだと思うんだよね」

「なるほど。じゃあ二人はここで待ってて。僕が一人で行ってくる」

「え!」

 堂崎は心底不服そうな顔をして詰め寄ってきた。

「ここまで来させておいて、外で待ってろだなんて酷いだろ!」

「気持ちは分かるがな、今君が一緒に入ったところで話がややこしくなるだけだ。それに万引き犯だと思われている奴が、堂々と入れる訳ないだろ」

「む……」

「それじゃあ小春、私たちは何をしていればいい?」

「そうだな……。堂崎さんの友達だっていう、六城と保屋にも話を聞きたいと思っているからアポ取ってもらえると助かる。それから事件当時を目撃していた客が見つかれば物凄く助かる」

「目撃者かぁ……二人で見つけられるかな」

「なら手伝おうか?」

 聞き覚えのある声が聞こえた。ややハスキーで男勝りな声。しかしどこか女性的なニュアンスを含んで言い方。益子美紗だ。

「益子さん!」と嬉しそうな声を香織が出す。思わず自分も驚いた。

「どうして益子さんがここに?」

「どうしてもなにも、前と同じさ。ここに取材の用があって、時間のある時に来ているんだ。そしたら見覚えのある姿が二人分、それに、目撃者を捜すだなんて言っているものだから」

「それは……。助かります」

「とはいえ、事情を知らないから、詳しく教えてくれないかな?」

「もちろん。発端は、一緒に居るこの堂崎美琴で……」

 私は益子に事の次第を説明する。一生懸命ながら堂崎も説明の補足に入り、ある程度理解してくれたようだった。そして、私自身が感じていた疑問点には、益子にも同感を覚えてくれた。

「なるほど。それなら得意分野だ。なんなら私と堂崎くんとでそれはやろう。お店は君たち二人でやった方がいいんじゃないかな」

「ありがたいです、そうしましょう」

 こうして、私たちは二手に分かれて調査をする事にしたのだった。


「……なあ桜庭。益子さんってイケメンだな……。彼女やっぱいるのかな」

「益子さん、女の人だよ?」

「……え!?」


 店内に入るとすぐ近くにレジがあり、店員が形式的に「いらっしゃいませ」と挨拶をしてきた。私はその店員に声を掛ける。

「すみません、ちょっといいですか?」

「はい、なんでしょう?」

「先日ここで万引き事件があったと思うのですが、それについてちょっとお聞きしたいことがありまして。店長か……責任者はおりますか?」

「えっと……少々お待ちください」

 店員はそう言って、直ぐ近くに設置されたマイクでアナウンスする。隠語を使っているが、恐らく責任者対応時に使われるものだろう。しばらくすると、奥から若そうな人物がやってきた。首から下げた名札には店長と書かれていた。

「お待たせしました!」

「あ、店長。なんかこの間の万引きで聞きたいことがあるとかで」

「えっと、というとどちら様でしょうか」

「私、堂崎美琴の兄です」

 平然と嘘をついた。見なくても分かるぐらい、香織から「何言ってるんだコイツ」と言わんばかりの視線を感じる。これでも元演劇部、多少の演技は出来る。今回は堂崎美琴の兄という設定で話を合わせていこう。

「えっと、お兄様でしたか……。それでその、お話とは?」

「その、ここで立ち話というのもなんですので、込み入った話もありますしお時間さえ良ければ、どこか目立たないところでお話したいのですが……」

 店長は少し考えると、「分かりました」と言い、裏手にある事務所に案内してくれた。事務所は案外簡素で、大きな金庫と従業員用のロッカーがいくつか、テーブルに簡易的なシンク、冷蔵庫などがあった。

「改めまして、店長の直木と申します」

「初めまして。堂崎小春と申します」

「そちらの方は?」

「妹の同級生です。彼女も聞きたいことがあるというので、一応連れて来ました」

「はあ、なるほど。それで聞きたいこと、というのは……」

「妹からお話は伺っているのですが、盗んだものが出てきていない、というのが気になってまして。本当に美琴が盗んだんだったら、ちゃんと出して謝れって言ったんですが、本人は頑なに盗んでないの一点張りで聞かなくて。それで一応、そのあと商品がひょっこり出てきたとか、そういうのは無いか、と思いまして」

「ああ、そういうことでしたか……。いえ、実はまだ出てきていないんです。その、妹さんはその時も盗んでないと言い張ってました。正直、嘘をついているようには私も思えなかったんですが……」

「思わなかったのに疑ったんですか!?」

 突然香織が詰め寄ってくる。気持ちは分かるが落ち着くように説得し、話を続ける。

「というと、実際に盗んでいるらしいところを見たとか、そのような感じでしょうか」

「ええ。防犯カメラに、盗まれた商品のあるコーナーに三人の女子高生が映っていまして、実際に証言通りの物が無くなっていたんです」

「……証言通りというのは?」

「一緒にいた子がですね、白状したんです。実はこっそり鞄に入れる所を見たが言い出せなかった、見間違いかと思った、と」

「……なるほど。一応見つかった時の為に商品を把握したいのですが、何が無くなったんですか?」

「コンシーラーです。丁度防犯タグもつけていた商品で、音が鳴ったのはそれで間違いないのではと思ってます」

 何が盗まれたのか、そして盗んだ証拠があったのかを、状況証拠程度ではあるが把握することができた。続けて香織が質問をする。

「て、店長さん。その証言をしたのって、誰とか覚えてますか?」

「えーっと……バイオレットに髪の毛を染めてた子だったような」

「桜庭さん、誰だか分かりますか?」と、あくまで他人という体で尋ねる。香織も察したようで話を合わせてくれた。

「わ、分かります。ちょっとこれから話聞いてみます」

「すみませんお忙しいところわざわざ。もしきちんと商品が出て来ましたら、その時は改めて謝罪に向かわせていただきます。今回は妹が大変失礼を……」

 そう言って店長の直木と会話を済ませ、店内を出た。確認のために入ったが思わぬ収穫があった。そして、それは逆に新たな疑問を呼ぶきっかけにもなってしまった。


 堂崎は盗んでいないと断言するが、堂崎の友人は盗んだところを目撃している。見せては貰っていないが、防犯カメラにも盗まれたコンシーラーのコーナーにいる所が映っていた。バッグの中からも身体検査を受けてもコンシーラーは出てこなかった。ではコンシーラーは何処へ行ったのか。そして何より一番気になるのは……。


 誰かが嘘をついている。

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