1-7「訪問」

  近隣で伊瓶いべという苗字の表札を探しながら、私は香織と益子に事の次第を説明することとなった。私の行き着いた答えは、揃っている状況から組み上げた仮説、いわば机上の空論なので、正直に言えば自信満々に説明するのもおこがましいのだが、これを一切説明しないでいきなり伊瓶家へ向かうのは自殺行為だとも感じたからである。


「それで、あのゴミの山と、その伊瓶という家族に何の関係性があるんだい」

「伊瓶家は間接的に関わってしまっただけで、伊瓶家が起こした事件って言いたいわけじゃない、ということをあらかじめ理解したうえで聞いてほしいんですが、いいですか」

「伸太郎くんの家が間接的に関わっている?」

「そう。もっと言ってしまえば、あの不法投棄は、偶然、できたものだと思っている」

「あれが偶然?」


 益子は訝しむ様子を見せた。それもそのはずで、ゴミというものは捨てるものだし、おびただしい量のゴミ袋を集める行為などというのが偶発的に起こり得るものではない、と考えるのが普通である。つまり益子も、あの不法投棄は不法投棄を目的としたものだと考えていたわけで、私の発言に疑念を持つのも全く不思議ではない。


「いや君。写真も撮ったし、君も直に現場を見ていたから分かると思うけれど、あの量のゴミ袋が積み上がったのが偶然とは、さすがに考えにくいと思うのだけど」

「いえ、ゴミ袋が積み上がったのは偶然ではないんです」

「はあ」

「犯人は、多分、積み上げた後片付ける予定だったと思います」

「片付ける? ぼやぼやとぼかしていないで、はっきり教えてくれたまえよ」

「いやいや、まあまあ。ほら、丁度伊瓶さんが見つかりましたから、とりあえず、ね? 一緒に話を聞くってことで」


 眉を顰めてこちらをやや睨み付ける益子を他所に、伊瓶の表札が掲げられた家のインターホンを鳴らした。二度のチャイムが鳴った後、カメラ付きのインターホンから「はい」と女性の声が聞こえた。今朝方聞いた、伊瓶伸太郎の母親の声であった。

「あ、すみません。伊瓶……伸太郎くんの御宅はこちらでお間違いないでしょうか」

「えっと、はいそうですが」

「あのー実はですね、『いべしんたろう』と書かれたボールを拾いまして、おそらくこちらのご家庭のものではないかと思い訪問させていただいた次第なのですが……」

「まあ、それはわざわざありがとうございます。あいにく伸太郎は今外出してますので、私が御受けに伺います。少々お待ちください」


 懇切丁寧な挨拶を返してきた伊瓶の母親の言動は、とても今朝自分の息子に恥ずかしげもなく怒鳴りつけていた声とは思えなかった。


「人見知りの割には随分流暢な挨拶だったね」

「小春は一度気になったことを説明するときだけは、弁が立つんですよ」

「ほう?」


 こちらに後ろ指を指すかのような発言が聞こえる。正直反論の余地もないので、言い返す気にもなれない。そうこうしているうちに伊瓶家の扉が開き、伊瓶伸太郎の母親が出てきた。ややヒステリックな性格なのは承知していたが、しかしその容貌はしっかりとしており、印象としては極めて仕事のできる、良い言い方をすれば有能な、悪い言い方をすれば仕事人間というような感じを受けた。


「すみませんわざわざ届けに来てくださって」

「いえいえ。伸太郎くんは今……」

「ええ、伸太郎は今塾に行っておりまして」

「休日に塾ですか。なかなか殊勝なことですね」

「いえいえそんな。それでボールはどこに」

「ああ、えっと」


 そういって益子の方を見る。今ボールを持っているのは益子なので、こちらの視線に気づくと「ああ」と思い出したかのように、枝の刺さったボールを私に手渡した。私はそれをバケツリレーの様に、伊瓶の母親の眼前に見せた。


「これが伸太郎くんのボールです」


 一瞬で姿が変わったのが分かった。能面を張り付けたかのように硬直した顔面からは怒りを感じたが、それを赤の他人の我々には見せまいと必死に堪えているのだということはすぐに察し付くことだった。


「……いえ、わざわざお持ちいただいて本当にありがとうございます。お礼はまた改めてさせていただきますので……」


 そう言って手を伸ばしたのを見て、私はスッとボールを手元に引いた。伊瓶伸太郎の母親は拍子抜けしたようで、先ほどの凍り付いた顔は人の生気を帯びた驚嘆の顔に変わっていた。


「いや、すみません。あの、気になりませんか。どうしてボールがこんな風になってしまっているか」

「は?」

「いえ。気になりません? どうしてボールに枝が刺さっているか」

「さあ。乱暴な使い方をしたからでしょう」

「ああなるほど。今朝そこの公園の大きな木の下に、ゴミが大量に置かれていたって話は聞きましたか?」

「ええまあ。なんでも本当にすごい量だったとか」

「はい。いやあの片付け、私も手伝ったんですけれどね、ほんと凄かったんですよ。なにがすごいって、ただ捨ててるというより、積み上げる為にそこに置いた、と言った方が自然なぐらい綺麗に、上へ上へと載せられていたんです」


 母親は非常に淡白な返事をしていたが、気にも留めず私はいわゆる、持論を続けた。


「でまあそのゴミの山なんですけれど、どうもそこに不自然な足跡がありましてね。踏ん付けてしまったというより、寧ろ意図して踏んだ……、つまり踏み台にしたような跡が――」

「はあ。あの、何の話をいったい」

「お母さん。このボールに枝が刺さっていることと、大きな木の下にゴミ袋が大量に置かれたことが、関係してるとしたら。そうしたら全ての説明がつくんですよ。是非、貴方には聞いていただきたいと思っています」

「……は?」

「あの不法投棄を行った人物は、御宅の息子さんの、伊瓶伸太郎くんだと、私は思っています」

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