1-6「枝」
「こういう不法投棄って初めてなのかい?」
香織が学校へ行き、二人きりになったところで、益子が話しかけてきた。どうも気が合うが、素性が分からないのが気になる。
「少なくとも常習的には起こってないはずです。そりゃポイ捨て程度ならよく落ちてるのを見ますけど、あそこまでゴミ袋が積み上がっているのは流石に」
「だよねえ」
益子は手を顎に添えて、しばらく「んー」と考えた後、腕組みをした。
「そういえば、あのたくさんあった枝や葉っぱはどうしたんだい」
「それはその辺の茂みに捨てました。あれくらいならそれで十分でしょう」
益子に枝や葉っぱの所在を聞かれて、ふと思い出した。私は夢中で撮影されたある写真を探す。ようやく見つけたその写真は、ゴミ袋を上から撮影したものだった。
「どうかしたのかい。見てもただのゴミの山だよ」
「いや、そういえば気付かなかったんですけれど、ゴミ袋の上に枝や葉っぱが落ちてますよね」
「うんそうだね。まあ秋だし、落ち葉が自然にゴミ袋に載ってても不思議じゃないんじゃない?」
「落ち葉ならそうなんですけど、ほら。まだ枯れてない葉っぱもあるし、枝なんて自然に何本の落ちるものでしょうか」
「というと、何かが木の上にいた?」
「ちょっと、捨てた枝を持ってきます」
枝や葉っぱを捨てた位置は覚えていたので、すぐに持ってくることができた。故意に折られたような枝だったので、よく覚えている。
「ほら、この枝。最初から疑問に思っていたんですが、これ意図的に折ったような感じしませんか」
「言われてみれば」
「これが、一、二、三……七本。大分この木の枝を折っている」
「ふむ。よく見ればあの木も何か所か、枝の折れている場所があるね。一、二、三……八か所」
「八か所? 枝は七本ですよ」
「いやいや、ほら。そことそこ、あそこにそこに……。ね、全部で八か所」
「本当だ……。じゃあ一本足りないですよ」
「四谷くん。枝が一本足りないのがそんなに重要かい?」
「いや、でも気になりません?」
「枝は流石に気にならないなあ」
「そうですか……」
ちょっとがっかりしてしまった。いや、自分が気にし過ぎなのかもしれない。そう思いながらもう一度木を見ると、今度は何かがぶつけられた跡のようなものが気になった。大体同じ箇所に、少しだけ擦ったような傷がある。例えばそう、公園でボールを蹴っ飛ばして、それがたまたま気にぶつかった時のような跡――。
「ボール」
頭の中で一つの仮説が生まれる。
「ボールがどうかしたのかい」
「あの母親に連れられて帰っていった少年なんですけど」
「君が、無くしたボールを友達に忘れたって言ったのを気にしてるあの少年か。伸太郎くんと言ってたね」
「その少年のボールが、もしかしたらまだこの公園のどこかにあるかもしれないんです。探すのを手伝ってもらえませんか」
「探すってなんで……」
「訳は後で話します。とりあえず探すのを手伝ってください。私はちょっと、香織に頼みごとをしてから始めるので、先に始めててください」
「え、ええ……」
益子に少しの間任せ、香織に連絡を入れる。メールだと見ないかもしれないから、部活中とは分かっているうえで電話を掛ける。しつこく出るまでコールを続け、十一回目のコールが鳴ったところで出てきた。
「ちょっと小春! 部活中なのに電話しないでよ」
「悪かった。反省してる。だから早急に手伝ってくれ」
「やけに素直で怖いんだけど」
「俺じゃ子供たちに話しかけられない。あの益子ってライターだと余所余所しくなるし、さすがにそこまでお願いができない」
「え、じゃあ公園に戻って来いと」
「香織にしか頼めない」
「高くつくからね」
香織は聞き分けがいい。いや、むしろ自分のわがままに良く付き合ってくれると思う。香織にとってこのゴミの山が解決しようがしまいが何の利益もない。自分がただ気になって仕方なくて納得のいく答えを出したいだけだ。それなのに文句言いつつも協力してくれる彼女には、あまり足を向けて寝ることは出来ないかもしれない。
程なくして、香織が学校から再び公園に戻ってきた。この寒さの中やや汗ばんでいるのを見るに、急いできてくれたようだった。律儀な子である。
「ごめん」開口一番でとりあえず謝る。
「高くつくからね」再び同じことを言われる。
「あそこの少年三人に、もう一回聞いてきてほしいことがあるんだ。あの伸太郎とかいうもう一人の少年の母親について、詳しく」
「……え? ゴミの山が気になってるんだよね? なんで伸太郎くんのお母さんのことを聞くの?」
「いいから」
香織が疑問を投げかけるのを適当にあしらい、子供たち三人に質問させる。自分も一緒に聞きに行き、質問は全て香織に任せるつもりだ。
「ねえ君たち、またいいかな」
「あれ、ランニングのお姉ちゃん。部活もう終わったの?」
「えっと、まあ、うん。それよりさ、伸太郎くんのお母さんについてちょっと聞きたいんだけど、いい?」
「伸太郎の母ちゃん?」
「そう。どんな印象を持っているかとか、どんなお母さんなのかとか、細かいことを知りたいの」
「やたらルール多いよな」
「伸太郎もずっと嫌々って言ってたし」
なるほど、想像通り躾けにうるさい母親のようだ。
「具体的にどんなルールを設けていたか聞いてくれ」
「具体的にどんなルールを伸太郎くんにしてたか分かる?」
「朝聞いてたと思うけど、まず物は大切にしなさいってやつ。まあこれは当たり前かもしれないんだけどさ」
「伸太郎の母ちゃんは厳しすぎるって言うか。ちょっと傷がついたぐらいで怒鳴ってるのを見たことあるよ」
「傷つけるからボールの壁当ても禁止してた」
「あとあれ。門限があるんだけど、母ちゃんが仕事で帰りが遅いから、習い事させて時間稼ぎさせてて、それなのに九時半までに帰れないと締め出すんだぜ。」
「そ、それって虐待じゃ……」
「あと嘘も禁止。ちょっとでも嘘ついたらスゲー怒るし、俺たちも怒られた」
「たぶんうちの母ちゃんより怖い母ちゃんだと思う」
よく喋ってくれる良い子たちだ。それほど伸太郎くんというのはこの三人の少年たちには正直な気持ちを吐露しているのだろうということが分かる。
「よくわかった。ありがとう」
「ありがとう君たち。引き留めてごめんね」
「ところでそこのお兄さんは、お姉ちゃんの彼氏?」
「違う」
流石に即答する。すぐになぜか香織が小突く。
一通り聞き終え、少年たちは遊びの続きに興じ始めた。そして後ろから益子が話しかけてくる。
「人に物を頼んどいて酷いなあ」
「あ、益子さん。ありましたか」
「見つけたよ。『いべしんたろう』って書かれた、枝が突き刺さって萎んでるボールが捨ててあった」
「いべ……。どういう漢字書くか、香織分かるか?」
「えっと、確か面白い字だった気がする。伊藤の伊にビンって書いて、伊瓶」
香織が名札の文字を見ていて非常に助かった。これで、だいたいが分かった気がした。
「分かった。これから伊瓶さんの家を探して訪問しよう」
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