1-5「公園の人々」

 ゴミは既に片付けてしまったから、益子の撮った写真だけが頼りなのだが、写真とにらめっこしても解決の糸口は見えてこない。香織もそろそろ部活へ行かなければならない時間になってしまう。香織がいなくても調査自体は続けられるだろうが、私にとっては香織にいてもらわなくては困る理由があった。


 午前七時半を少し過ぎたというところ。朝早くに子供たちが公園にやってくる様子が見えた。まだ日が高く昇っていないし、遊ぶにはもってこいの時間帯である。子供たちは四人で、なにやら揉めてるような声がする。


「えー、ボール忘れちゃったのかよー!」

「ご、ごめん。うっかりしてて……」

「まあしょうがないよ。ドンマイドンマイ」

「じゃあ今日はボールじゃなくて、別ので遊ぶかー」

「あ、あの。あまり危険な遊びは……」

「分かってるよ! 伸太郎の母ちゃん怖いもんな」

「ごめんね」

「いいっていいって」


 喧嘩ではなさそうだった。一人の子はおとなしめな子で、四人組の中では少し浮いている気がする。


「あ。あの子たち今日も遊びに来たんだ」

「香織の知り合い?」

「うーん、微妙な間柄。ほら、あたしここでランニングしてるじゃない? そこでよく見かけるって感じ。たしか小学校四年生」

「そこまで知ってるのかい」

「名札つけてるときに見かけたことがあって、確か四年生って書いてあった気がする。あ、私たちが公園に着いた頃にもあの子たちいたよ。まあもう帰る頃合いで、そのときはお互いに挨拶したぐらいかな」

「ふーん……。ダメもとであいつらにも話聞いてみたいな」


 そう言って、香織の方を見る。


「行ったらいいじゃん」

「いや、ほら。分かるだろ」

「ほんと、小春って変人だよね」


 そう言いながら香織は子供たちのところへ向かう。


「おはよう君たち!」

「あっ、ランニングのお姉ちゃん!」

「あれ? 部活とかあるんじゃなかったっけ?」

「あー、今日はちょっと事情があってね。始まるのが遅いんだ。君たちも朝から元気だねえ!」

「まあこの時間ぐらいじゃないと、土日は伸太郎と遊べないし」

「うう、ごめんね」

「いいっていいって」


 あのおとなしめな子は、シンタロウ、というらしい。さっきから一番喋っている男の子の声が大きいので、香織がランニングのお姉ちゃんと呼ばれていることもしっかり耳に入った。


「ねえねえ、昨日の夜のことなんだけどさ。あたしと挨拶したときね」

「うん」

「変な人を見かけたとか、なかった?」

「変な人? そんな人いた?」

「見てない」

「実はね、さっきそこの大きな木の下にゴミがたくさんあってね」

「あ」

「ん、伸太郎くん、なにかみたりした?」


 どうも伸太郎という少年が何かを知っているような感じだった。


「えっと……その、実は」

「伸太郎ー、伸太郎ー!」


 突然人を探す声が聞こえた。名前はあのおとなしい少年の名前と一致する。

「げっ、伸太郎の母ちゃんだ」

「あ、いた伸太郎。急だけど一緒に塾の先生の所に行くわよ。あなた昨日の塾サボったんですってね」

「あ、いや、その」

「言い訳は後で聞きます。だから友達は選べとあれほど。ボールも無くすし、物は大切にしなさいって教えていたでしょ! どうしてこんな子に育っちゃったんでしょうねえ」

「えっと」

「ほら行くよ。まったく」


 伸太郎少年の言い分を聞かずに、ズバズバと物を言うだけいって、連れて行ってし合った。流石に私も引くほどだった。


「あーあ、まただよ」

「また?」

「伸太郎の母ちゃん厳しくてさ。門限はあるし、伸太郎は習い事いっぱいしているし。昨日も、本当は塾があったんだけど、サボって俺たちと遊んでて」

「まあ、サボったのは、確かにまずかったかもしれないけどさ。そうでもしないと伸太郎と遊べないんだもん」

「学校の遠足も、あの母ちゃんが遠いところに行かせたくないからって休んじゃってさ」

「へ、へえ」


 香織もさすがにドン引きしている様子だった。


「ボールもさ、当たってもそんなに痛くないボール持ってるの伸太郎だけだからさ。今日は忘れちゃってたけど、伸太郎がいないとみんな楽しくないんだよ」

「みんなはボール持ってないの?」

「持ってるけど、ちゃんとしたサッカーボールじゃドッチボールとか痛いじゃん」

「そういうボールが欲しいって言っても、もう持ってるでしょってウチじゃ買ってもらえないし」

「俺もすぐどっか無くすから買ってもらえない」

「あ、うん。その無くし癖は直した方がいいね」


 一通り話を聞いた後、香織は戻ってきた。子供たちは三人で遊びの続きをする様子だった。香織が少年たちと話していたことを聞く。


「やっぱり変な人は見てないって。あの伸太郎って子は見てたかもしれないけど、お母さんに連れて行かれちゃったから分からないね」

「あのお母さん、なかなかしつけの凄い親のようだね」

「あ、みたい。門限はあるし、遊び相手にも制限してるみたいだし。あの様子だと、物を壊したり無くすのも許さないタイプじゃないかなー」

「あの少年、嘘ついてたな」

「え?」香織が聞き返してきた。

「ちらっと聞こえていたけど、公園に入ってきたとき、ボールを忘れたってあの三人に話していただろ」

「ああ確かに。そういえばその後、伸太郎くんだったかな。そのお母さんが、無くしたって言ってたね」

「別に正直に無くしたって言ってもよかった気がするけど、どうして嘘をついたんだろうね」

「さあ。それそこまで重要なの?」

「いや、気になっただけだけどさ」


 情報共有をした後、さすがにこれ以上は部活に遅れられないと、香織は足早に学校へ向かった。公園には私と怪しいライター・益子と二人きりになってしまった。


「しかし意外だったな」

「な、なにがですか」

「キミ、意外と子供嫌いなんだね」

「えっと、いや。人見知りなだけです」

「あー、だからずっと、歯切れが悪かったのか」

「いや、すみません」


 嫌な弱点を知られたくない相手に知られてしまったような気がした。

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