1-4「塵塚怪王」

 部屋に戻り、きちんとした服に着替え、私は形ばかりの捜査をする事になった。といっても、半分趣味みたいなもので、どうしても気になって仕方がないこの性質を解消するためのものだ。


 香織は部活に遅れる旨の連絡をし、一時間程度協力してくれることになった。気になるのは突然現れた益子美紗という怪しいライターだが、やたら気が合うので今はゴミの山に集中する。


 公園に戻ると、大きな木の根元は今朝とは打って変わり、しっかりとその力強い幹を露わにしていた。近くには大家の生野源蔵もいた。


「あれ、大家さん帰ってなかったんですか」

「いやあ、あれだけたくさんあったゴミ袋が無くなって、すっきりしたなぁと感慨深く思っていたら、帰るのが惜しくなってね。もう少し公園で日向ぼっこしながら、この木を眺めてようと思ってたんだ」

「おじいちゃん、この木好きだもんね」

「若い時からずーっとここにあった木だからなぁ。大した思い出があるわけではないが、儂の人生の半分以上を見守ってくれていたこの木には思い入れがあるんだ」


 しみじみと大木を眺める大家さんに、私は今朝香織から聞いたことを再確認した。


「ああそうだよ。夜の六時過ぎ。香織ちゃんのタイムを計って、それから一緒に軽くランニングして、またタイムを計って。大体一時間だったな。その時に怪しい奴なぞおらんかった。いや、いても分からなかったかもしれんな」

「この公園、街灯が少ないからね」

「少ない? みたところ、きちんとした灯りはあるようにみえますが」


 益子が話に割って入る。確かによく見ると街灯そのものは等間隔にいくつか設置されており、この数で夜暗い状態になるとは思えない。もっとも自分は遅い時間に公園に来たりしないので、もしかしたら二人にはこの数でも暗くなってしまう理由を知っているのかもしれない。


「えっと、誰ですか」

「ああ失礼。私は益子美紗と言います。まあ何と言いますか、このお二人の知り合いで」

「良い人なんだよ!」


 さっき会ったばかりとは思えないほど、益子と香織は意気投合しているようだった。


「そうかそうか。いや失礼。実はしばらく、ここの街灯は取り換えがされて無くてな。夜でもぼんやり灯る程度で、そこまで明るくはならん。場所によってはもう切れてるし、だから夜になってもほとんど暗いんだ」

「それは危険ですね。なにか嫌な事件があっては困る」

「既に不法投棄って言う事件が起きちまったがな」


 大家さんは静かな怒りを覚えているようで、その様子は自分でも薄々と感じ取れた。


 しばらくして、大家は昼飯の準備をすると帰っていった。私たちは三人で再び、あの木の根元を観察する。大量のゴミ袋も、落ちてきた枝や葉っぱもきれいさっぱり無くなった根元の姿は、ある意味自分たちが作り上げた姿である。


「しかし、ますます不思議だね。いったい誰が、何のためにここにごみを捨てたのか」


 益子が口を開く。一番の疑問はそこである。それも一度、ゴミ捨て場に捨てられていたものをわざわざ移動させた節がある。単なるいたずらならこれほど性質の悪いものは無いだろう。


「ゴミがひとりでに集まったとか」と香織。

「いやまさか、そんな非現実的なことがある訳ないだろ」

「もしかしたらで言っただけよ! 本気でそう思ってるわけないでしょ」

「さあ。香織なら本当にそう思ってても不思議じゃないし」

「なにおう!」

「まあまあ二人とも」


 私たちの他愛もない口喧嘩を益子が止めた。しかし実際、現状はまるで勝手にこの木の根元にゴミが集約したかのような状態だ。


「しかし、ゴミ自身が意思を持って動いた、という発想は、ちょっとメルヘンとはかけ離れているけど、嫌いじゃないな。海外でもそういうアニメ映画があるし、日本にもほら、っていうのがあるし」

「あ、聞いたことある! からかさおばけとか、ちょうちんおばけとか!」

「……付喪神ねえ」


 そう言われて、一つ思い出したことがあった。ゴミの付喪神がいるということである。江戸時代の浮世絵師、鳥山石燕が描いた『百器徒然袋』には、塵塚怪王という付喪神が描かれている。吉田兼好の『徒然草』第七十二段、「多くて見苦しからぬは、文車の文、塵塚の塵」という一文から創作された妖怪で、原典では山姥の王としているが、現代ではその名前からゴミの付喪神の王様という扱いを受けている。


 そんなものを思いついてしまうのは、私が大学で研究したいと考えているものが、ある意味妖怪だからである。江戸時代の文学には、しばしば妖怪やら幽霊と言ったものが登場する。それは教訓のために生み出されるものから、娯楽として生まれたものまで様々だ。


 もしこの世に本当に妖怪がいたなら。そうしたらこのゴミの不法投棄問題も、全てこの塵塚怪王の仕業として押し付けることができたかもしれない。しかしそうはいかない。私は、妖怪は研究したいが、いないものだと思っている。妖怪とは、空想上の存在だ。


「でもそれはあり得ない。あれは疑いようもなく人間の仕業だ。もしまたこんなことが起きたら……」

「起きたら?」

「また香織に起こされて代わりに片づけさせられる羽目になる。そんなのは御免だ。そうさせない対策を考えないといけない」

「なにそれひどーい!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る