1-3「喫茶の作戦会議」
ゴミの撤収作業は一時間以上に及んだが、なんとか全てのゴミを木の下から消滅させることに成功した。源蔵おじいさんの説得の甲斐あって、回収業者もわざわざ公園前まで来てくれた。業者の顔は今でも忘れらない。あまりの多さに圧倒されて、数秒呆気に取られていたのだった。
とにもかくにも朝から何も食べていないため、異常な空腹感に襲われる。さすがに香織も、急ではあったが部活に遅れる旨の連絡をしている様子だった。
「その様子だと、朝から何も食べていないんだね」
「香織に叩き起こされて、何も説明されないまま手伝ったもので」
「では私が近くのお店で御馳走しよう。君の意見も聞きたいし」
「いいんですか。私は素人ですよ」
「君と私はどうも気が合いそうだからね。そこの彼女も一緒にどうだろう」
「香織に聞いてみないと」
香織に、益子が朝食を奢ってくれると誘ってみると、やはり彼女もお腹を空かせていたのか、その言葉に甘えるようだった。
「私までいいんですか」
「もちろんだとも。あまり高い金額は出せないけれどね」
そう言い、三人で最寄りのカフェで向かった。早朝のためファミリーレストランなどはまだ開店していないが、モーニングを出してくれるカフェならこの時間から開いている。私はコーヒー、香織はウーロン茶、益子はダージリンティーを注文し、各々モーニングセットも合せて頼んだ。サンドイッチにスクランブルエッグが付いてくる、実に朝食らしいセットだった。
「さて、私は当てずっぽうで無理のある記事は書かないようにしている。私自身はUFOだとか幽霊だとか、そういうのを信じるけれど、それに託けて無茶な推理を掲載するのは別という事だ」
「なるほど。事実を一概に、超常的な事象を原因にしたくないんですね」
「うん。ただ、あのゴミの山を一晩であそこまで積み上げるのは奇妙な出来事に変わりはない。是非、君たちにも私の執筆作業に協力してほしい」
「分かりました!」
香織が調子よく返事をする。朝食も奢ってもらって上機嫌なのだろう。ただし、年頃の女子としては思えないほどの量を注文するので、益子が少しドン引きしていたのは本人には黙っておいたほうがよさそうだ。
「じゃあ一つ目。犯人は純粋に、ゴミをそこに捨てたくて持ってきた」
最初に話し出したのは香織だった。益子は「ほう」と一つ返事をすると、胸ポケットからメモ帳とペンを、腰につけたポーチからボイスレコーダーを取り出して録音を開始した。それから、香織の立てた仮説を書き記していく。
「犯人は家のゴミが大量に出てしまい、その運搬にが嫌になった。でもゴミを処分しなければ家はゴミ屋敷に。だから、人の目につきやすいところに捨てれば、誰かが自分の代わりに処分してくれるんだろうと思ってそこに捨てた!」
「ふむ。仮説として悪くないね」
「でもそれは違うと思う」
「えーなんでよ」
「ゴミ袋に着いた靴の跡が説明できない。あれは蹴っ飛ばしたあとでも誤って踏んだ程度の跡でもなく、明らかに故意に踏ん付けたような跡だった。それに、あんな大量のゴミが出るまでほっとかないでしょ。香織ん家からあそこまでゴミでるか?」
「……出ない」
香織の説明に私が問題点を指摘すると、不満げに返事した。益子は特に言うことは無くひたすらにメモを取っている。ある程度書き終えると、益子が話しかけた。
「私は良い仮説だと思ったけれどね。確かに説明不足になる点こそあるけど、無理はない」
「じゃあ小春はどう思ってるのよ」
どうも二対一の構図になったようで分が悪い。とにかくも自分の仮説を話さなければ香織は納得しないし、益子はそもそも自分の意見を聞きたがっていたからか既に書き始める準備をしている。
「そ、そうだな……。例えば、そこに集めざるを得ない事情があったとか」
「集める? 捨てるじゃなくて?」
益子が聞き返してきた。私は益子に、自分が撮影した写真を見せてもらうように言った。あの時撮影した足跡の写真も含めて、十数枚の写真が撮影されていた。なるほどライターというだけあって、記事映えしそうな撮り方をしている。
「よく見ると、それぞれのゴミ袋の種類が違うんです。市販されているものから、お店のロゴが入った袋まで」
「確かに」
「それに自分たちはゴミの撤去作業をしていたから知り得ていることなんですけど、ゴミの中身もとても同一人物のものとは思えないんです。そこらへんでかき集めた落ち葉だらけのゴミ袋から、家庭で出たゴミ、やたら空になった弁当だけが入ったゴミ……。ゴミ毎に袋を分けているならともかく、そういったようにも思えない」
「単にズボラな人という可能性は?」
「無いと思います。ゴミ袋の口の結び方がそもそも違ってますから、このゴミ袋自体は、不特定多数の人達のゴミだと思います」
「とすると、犯人は複数犯?」
「いえ、大人数でこれだけの量のゴミを捨てたというのも理由が不明瞭です。それだったら協力して普通にゴミ捨て場に持って行けばいいだけですから」
なるほど、と一つ返事をすると、益子は再びメモに集中する。私は、そんなこともお構いなしに話を続けた。
「ただ、これが単独犯……つまり、既にゴミ捨て場に置かれていたものを意図的に誰かが運んだとするなら、ある程度理由付けはできるのではないかと、考えています」
「え、じゃあ小春はなんであそこにゴミがたくさん捨てられていたか、もう分かっているの?」
「いや、さすがにまだそこまでは。でも、気になることを一つ一つ潰していけば、その理由にたどり着けるような、そんな気はします」
私がそこまで言い終えると、益子はボイスレコーダーを切り、ペンとメモ帳と共にポーチへ仕舞い込んだ。
「同感だ。ならやることは一つ。もう一度あの公園に行ってみようじゃないか。記者も探偵も警察も、現場は百回が神髄だろう?」
「……いや別に、推理したいわけじゃ」
「そんなこと言わずに。ほらほら、ちゃちゃっと食べて早速現場に戻ろうじゃないか」
気付くと既に香織と益子はモーニングセットを平らげていた。私は不満に思いながらサンドイッチを頬張った。
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