1-2「怪しい記者」

 香織の話を聞くに、このゴミの山が不法投棄されるまでのおおよその時系列を把握することができた。


 時刻は昨日の午後六時を過ぎた頃である。この時期であればすでに暗くなる時間帯だろう。まず、香織は演劇部であるがゆえに、基礎トレーニングとして部活後毎日のようにこの公園でランニングをしている事実から話さなければならない。


 演劇部は文化部ではあるが、場所によっては吹奏楽部に次いで体力を必要とする隠れた体育会系だ。香織は特別身体が弱いわけでもないし、なんだったら中学生の頃は陸上部にいたらしいから、普段の習慣の延長戦と、演劇部としてのトレーニングの両方の意味合いでランニングを行っているのだろう。


 源蔵おじいさんは、そんな香織のランニング習慣に付き合っている奇特な人だ。午後六時過ぎに公園で落ち合い、香織がトリムコースを五周し、そのタイムを源蔵おじいさんが計測、これを二セット行ったという。はじめのタイムは五分三十秒、休憩を取ってから軽くトリムコースを二人でランニングし、最後に二度目を計測、五分二十三秒を記録したそうだ。


 少なく見積もっても二人は昨夜七時までは公園にいたらしく、その頃合いに不審者のような人も見かけなかったため、二人の記憶が正しければ午後七時から翌午前六時間に何者かがゴミ袋を大量に持ってきたことになる。それも今日が回収日のゴミが入ったゴミ袋なので、犯人の家から持ってきたものでなければ、そこら中のゴミ置き場から持ってきたものではないだろうか。


「何考え事をしているの? 腕動かしてよ」

「あ、ごめん」


 一頻り悩んでいると香織から注意を受けた。ゴミ袋を移動させるというのに、何も行動をしていなかったからだった。とはいえ、積み上がったゴミ袋を上から降ろすために、そのゴミ袋に載らなければ届かない。部屋着とはいえゴミを土台にするなど汚いことはあまりしたくないが、致し方がなかった。


「手伝おうか」


 不意に声を掛けられた。振り向くと、キャスケット被り、カメラを首から下げた人物がいた。細く華奢でスタイルが良く、顔はどちらかといえば中性的で、男なのか女なのかはっきりしない。ただ、いずれにしても女性人気の高そうな容貌だった。上着の胸ポケットは何か四角いものが入っているようで膨らんでおり、ペンの頭が飛び出ていた。腰に巻かれたポーチには、財布やスマートフォンといった、そういった必需品が最低限入っているのだろうか。私は何者かはわからないが、手伝ってもらえるのならその言葉に甘えようと思った。


「えっと、じゃあ、お願いします」


 そういうと、この人物は本当に手伝いを始めた。ポケットに入っているのはおそらくメモ帳だろうか。写真を撮り、何かをメモする。記者か何かか、そうでなければそれに近しいことを趣味としている人か。


「あの、不躾な質問かとは思いますが、もしかして記者か何かですか」

「……どうしてそう思ったのかな」

「えっと……」


 そう聞かれて、自分が感じたことを素直に話した。一通り聞くと、中性的なこの人物はフフッと笑った。


「なかなか鋭い観察眼を持っているね。そういう才能、是非雇いたいくらいだ。私の名前は益子美紗。君のは話通り、ライターを仕事としているよ。とはいえ、今日は特に理由なくカメラを持ってネタ探ししていただけなんだけれどね」

「あ、女性でしたか……。私は、四谷小春と言います」

「やっぱり男に見えるかい? よく言われるよ。そちらは彼女?」

「そ、そう見えますか!?」


 急に話を振られ、香織は驚いているようだった。


「えっと、桜庭香織って言います」

「へえ、素敵な彼女じゃないか」

「いや、違いますよ」


 当然のことを答えたが、何故か香織からは小突かれた。


 自己紹介を終えると、三人ですぐさま作業に取り掛かる。源蔵おじいさんはゴミの収集業者に連絡を入れており、公園にある大量のゴミを持って行ってくれるかどうか交渉しているようだった。


 ゴミ袋を取るためにゴミ袋の上に載る、そんな経験も今後二度あるかどうかわからない。登ろうとすると、一つ気になるものが目に入った。すでに、誰かがこのゴミ袋を踏んだらしい。跡があるだけで、さすがに足のサイズまでは分かりづらかった。警察や鑑識といった専門家であれば、すぐわかるのかもしれない。


「その跡が気になるんだね」

 益子が不意に話しかけてきた。彼女もどうやら私と同じ性質だと見受けられた。

「えっと、まあ。誰かが私より先に、このゴミ袋を踏んだという事ですから」

「確かに」

「それのどこがおかしいの?」と香織がきいてきた。

「つまり、私たちよりも先にこのゴミ袋の山の存在を認知していて、さらに踏ん付けた人がいるという事だよお嬢さん」

「お嬢さん!」


 端から見ればかたちの整った美男子のような益子に、言われ慣れない言葉を掛けられ、香織は赤面している。


「これも写真を撮っておこう。実に興味深いね」

「これも?」

「ああ。人だかりができ始めた頃合いから、このゴミの山は撮影させてもらっている」

「えっと、何故です?」

「それがライターとしての性分だからさ」

「性分? こんなゴミの山を撮影することが?」

「一夜にしてゴミがこの木の下に集められた。私としては、こんな奇怪な出来事は気になってしょうがないよ。もちろん記事にはならないかもしれない。でも、気になることを放っておくことも、私にはできない」


 不思議なことに、私は同感を覚えた。

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