記憶の断章「終焉の雷玉」


 ギガント討伐当日。

 レイア率いる本隊は、昨晩既にグリアラン峠に出発している。


 俺はある用事から後からの合流。


 時間も時間だ。早速ルイにライゼンヴォルドの力を解放して貰おうと

  頼み、何故か家から離れた草原にまで出てきた。


  「ルイ、何か被害でもあんの?」

  「んー…。彼の飛翔が危ないから」

  「どんなだよ…」


 ライゼンヴォルドは力を遺すと言っていた。

  つまりはそう言うことなのだが、ルイは悲しくないのかと。

 彼女の目を見る限り、そんな感情は見受けられない。


  「じゃあ、戻すね?」


 戻す。それを言うと彼女は俺を屈ませ、額に右手で触れた。

  とても暖かく、そのまま俺は眼を閉じた。




 …。 焦げ臭い。

  肉の焦げた臭いがする。

 目を開けて周囲を見るとレヴンギールだろうか。

  街が破壊の限りを尽くされ、火が燻る廃墟と化していた。


 空を見ると暗雲が立ち込める暗闇。

  暗闇に一際輝く真紅と紫の光。


  「ワシの、見込み違いじゃったかの…」

  「黙れ!! 黙レ…だまれだまれだまれダマレェッ!!!」

  

 真紅に燃える鳳、メーゼフォン。

 紫色に輝く雷を漲らせる黒い翼竜…ライゼンヴォルド。


 彼の目は怒りに満ち溢れ、彼の声は悲痛をただ訴えている。


  「お主なら、ルイを救う。そう、思うておったのじゃが…」


 ポツリ。呟いたメーゼフォンが翼をより一層強く羽ばたかせた。

  轟く羽音は荒ぶる風を生み、そこから生まれた火焔を纏い

  ライゼンヴォルドを囲う幾つもの火焔竜巻となる。


  「ガァッ!!!」


 彼は右手を大きく払うと自己を中心とした波状雷撃を

  周囲へと放ち、火焔竜巻を地面を抉らせて掻き消した。


 抉り、捲れあがった地面、瓦礫、人の屍や巨人の屍。


 その中にルイ!?


  「お主が愛した者、それすらも眼に入らぬか…」


 悲しみを讃えたメーゼフォンの瞳が、一変して怒りへと変わる。


  「…ヒノ・ヨウタ!!!

    今一度、還るが良い!! 記憶を置いて、あるべき所へ!!!」


 余りに唐突な言葉と共に、メーゼフォンが紅蓮の炎を纏う。



 彼女の翼から数多の羽が空高くに打ち出され、

  ライゼンヴォルドの巨大な体を無数の羽が貫き、

  大地へと縫い付ける。


  「ガ…ァァアアアアアアッッ!!!!」


 彼の断末魔とも取れる咆哮と共に、

  廃墟と化した街全体が紅蓮に包まれる。


 今、目の前で見ている事が理解出来無い。

  ただ呆然と地面からそれを見ていた俺と、

  メーゼフォンの視線が不意に重なる。


  「…案ずるな。我等の加護のあるルイは、

    あの程度では死なんよ」


 何が何だか判らず立ち尽くす。

  廃墟と化した街を包む炎が風を孕んで渦を巻く。


 早く、速く、尚、疾く。


 巻き戻っていく。焼け崩れた建造物が、

  焼き、潰された人々が。…時空を歪める羽根…。

 その中で、酷く悲しそうに立ち尽くすルイが、

  メーゼフォンより雷を帯びた黒い宝玉のようなモノを渡されていた。


 

 …。


  「大丈夫? ヨータ。混乱してない…?」

  「なん…だ。こりゃ、わけがわかんねぇ」


 夢でも見ていたのか。頭痛が少しあるが、

  身体的には何も問題無いようだ。だが…。


  「悪い…説明が欲しい」

  「うん。君は7体目の幻獣。

    ううん、七度目の生を受けた…かな」

  「その度に、記憶だけ残されて幻獣に…か?」


 理解の範疇を超えている。ただ今分かる事といえば。

  恐らくさっきのは、レイアとの出会いの時、

  ルイに止められて尚、止まらなかった時の事だろう。


 それでメーゼフォンの怒りを買って、俺は殺された。


  「はは…何が三絶に近いだよ…」

  「無理だよ。不可能だよ。

    彼女達は記録にすら残らない、

    忘れられた創生の三幻神なんだから…」

  「神…ルイお前、どこまで知って…いや、何者…」


 尋ねようとする俺の背を強く押す。

  まだ答えるには早いとばかりに、

  今するべき事をしろとばかりに。

 

  「いやまて! 俺あんな恥ずかしいポーズ取らないぞ!?」

  「そこ!? もう…記憶は別の存在になるの。

    でも、また一つになるべく、その時を待ってるわ」


 納得いかねぇ! あんな厨二になるなんて納得いかねぇ!!


  「ほら! 終焉の雷玉は返したから、

    もう一人で使えるから。レイアを守ってあげてね?」


 終焉の雷玉? とと、また更に背中をドンと押された。

  これ以上問い詰めたらまた怒りそうだ。

 自分の手を見ると特に変身もしてない。

  ただ右手に握られている紫電を放つ黒い玉。

 いや…。


  「すまん! 使い方が判りません!!!」

  「もう…! じゃあ、それを食べて!」

  「食うの!? 雷バリバリいってるけど!?」


 明らかに嫌な顔をすると、怒り出した。腰に右手を当てた。

  これ以上はガチで怒るので素直に頷いた。


 サイズ的には小ぶりなので、飲み込めるが…。


  「あー…もうやけくそだ!!」


 右手を口に押し当て、無理矢理飲み込んだ瞬間、

  心臓が一度バクンと大きく鳴った。


  「ぐぇ…」


 次に両手足の肉から黒い棘のようなものが突き出し、

  血飛沫を上げて腕と脚を満遍なく包み込む黒い外骨格。


 痛みは無い。無いが視覚的にエグイ。

  胴と頭も続けてその現象が起こり、ついに全身が

  竜を模した黒い外骨格へと包まれた。


  「おぉ…予想だと痛そうだったけど…」


 一通り体が動くか試し、問題なさそう、

  そう言おうとルイの方を向くが、

  何故か彼女は30m近くも距離を取っていた。

 首を傾げつつ、ルイを見ていると指で方向を示す。


  「なる。あそこの山か…」


 宝玉を飲み込む事で、ライゼンヴォルドの記憶が…。

  いや、厳重に施錠された扉の一つの鍵が開けられた。


  「あのまま、記憶を持ち帰れば…なるほどな」


 何かに頷くと、彼女が離れた真意も理解し、

  背中に意識を集中させる。


 翼を広げると、身の丈の四倍近くもある。

  鳥と違う点は風の影響を必要としない。

 バーニアみたいなものがついている。

  そこから…。


 ガァアアアアッン!!


 落雷というよりも大砲地味た轟音と共に

  地面を黒く焼き、一閃。空へと昇る。

 瞬く間に、雲を突きぬけ、大空へと。


  「どんな飛行性能だよ…制御できねぇ」


 あわや大気圏までいってしまいそうになり、無理矢理方向を変えた。

  眼下を見下ろすと、分厚い雲に覆われ、方向が判らない。


 再び降下し、雲を突き破り、大陸が見える程度の高さに移動する。

  それでも恐ろしく寒い。気圧は…どうやら平気なようだが、

  冷気耐性が低いんだろう。気温の下がり方に身を震わした。


  「さっぶ…!! と…あそこがグリアラン峠だったか」


 再び翼に意識を集中し、轟雷とも呼べる雷を翼から放ちつつ

  瞬く間に目的地へと辿り着いた。


 ――そう、瞬く間に。文字通り、反応すら出来無い瞬間で。


 レイア達の目の前で地面に突っ込み、めり込んだ。


  「ヨ…ヨウタ殿? 何が…」


  「な、何も言わないで。力が制御出来てないんだ…」


 まるで空に向かって射った矢が地面に刺さったような姿勢で、

  周囲の視線を、地面から突き出た下半身で感じ取っていた。



  

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ルイの幻獣 祢駒 コマネ @nekoma_taku

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