優しき騎士と悩める幻獣②


 明朝、ルイに会う事もなく、俺に野菜の入ったバケットを手渡したレイアは

  それ以上は何も言わず、とても満足そうな笑顔で帰っていった。


 その背中を見送ると、俺も家へと入る。

  

 既にルイは起きていて…あれ? 何か不機嫌そうだな。

  今度こそは変な事をしていない。間違いなく、絶対にだ。


  「な、なぁルイ…」

  「なーにーかーなー?」


 この子、怒ると腰に右手当てるんだよな。

  いやま、表情が明らかに怒ってるんだが…。


  「俺、何か変な事したかな?」

  「うん。した」

  「えー…」


 一晩外に居ただけだよな…後はレイアと話を…まさか。

  嫉妬!? 嫉妬ならかなり嬉しい。

 

  「ちょっとヨータ、何か嬉しそうだねぇ?」


 あ、顔に出た。否定の意味を含めて一度顔を左右に振る。

  

  「ないないない。それは無いよ? うん」

  「ふぅぅぅうん!?」

  

 怪しい、明らかに怪しいと覗き込んでくる。

  それに対し一歩下がってしまうわけで…。


  「ほらぁ! 何で後に下がるのかなぁ?」

  「いや、あの、それは別の意味で…」

  「はぁもう。お湯沸かしてるから…」

  「へ?」

  「また昨日の晩もお風呂入ってないよ!?

    臭くなるから入りなさぁぁぁぁぁい!!!」

  「そっちでお冠かよ!! さーせーんっ!!!!」


 逃げるようにバスルームに行き、入浴を済ませる。

  出てきた頃にはテーブルに朝食が並んでいた。

 よくよく考えれば、これの大半もレイアあっての事。

 感謝しつつ朝食を食べ終えてから、テーブルの上に例の依頼書を

  置いて、ルイに見せた。


  「依頼所のクエスト…? うわ」

  「レイアが持ってきたんだけど、どうやら依頼所に呼んだ

    理由がコレで、あの巨人の原因らしい」

  「連れて帰ってきちゃってたのかぁ…」


 俺は頷くと、ルイにこの依頼を手伝ってきたい。

  その事を告げる。暫く依頼書とにらめっこを続けるルイが

  口を開く。それは金額が相応の危険度だという事だ。

 今回の額は1億と5000万だ。通例、悪威に1億超は希らしい。


  「これ、とても危険だよ?」

  「ああ。けど食べ物の礼もあるし、何より…」

  

 言葉を続ける俺にルイは笑顔でただジッと俺の目を見ている。


  「ん? 何か顔についてる?」

  「ううん。やっぱりなーって」

  「…?」


 良く判らないが、俺の顔を見て満足そうなルイ。

  取り合えずはライゼンヴォルドの力で彼女達を助けたい。

  それを告げた。


  「うん。判った。その時になれば…ね」

  「ああ。今日にでも正確な決行日を聞いてくるよ。

    多分、依頼所にいけば判るだろうし」


 椅子に座り、頭の中で今日一日の行動を考える俺の頭の上に、

  ルイの小さな手が不意に宛がわれた。


  「む? どうかした? ルイ」

  「ううん。あのまま人を嫌いにならなくて良かったなって。

    はい、なでなでなで」


 ペット扱い!? ルイにとって幻獣ってそういう位置付け!?

  


 ちょっとした絶望感とともに俺は一人で街へと。


 サイクロプス一体でここまで破壊出来るのか…。

  街の外壁の一部といっても20m近く崩れ落ちている。

 彼等にしてみれば障害にすら成り得ないのだろうか。

  もし…あのままライゼンヴォルドが居なければ…。


 あ、いや。メゼ婆さんが居たか。


 …。


 あのままサイクロプスにバトンタッチで俺が暴れてたら、

  メーゼフォンに見限られて、下手をすればバッドエンド?

 

 くわばらくわばら。


 俺は初めて此処に着た時の地図を手に、依頼所を探す。

  これもまた判りやすく、大通りに面した大きな酒場がそれだった。


 さっそくドアが開けっ放しの木造二階建ての建物へと入る。

  入った瞬間、俺に視線が集まると同時にガタガタガタン!と

  椅子が激しくズレ動く音が聞こえた。


   「「げ…幻獣」」


 魔女…という余り聞きたくない言葉も少しばかり混じってたが、

  それは軽く聞き流して周囲を見回す。

 こちらと視線をあわせるのを避けるかのように、顔を背けられる。

  やる気は毛頭無い。なのに生まれる一触即発の緊迫感。

 そもそも今はライゼンヴォルドの力を顕現出来てない。

  襲われれば一溜まりも無い。

 ぐるりと周囲を見ると色々なジョブがあるみたいだ。

  騎士っぽいのから剣士、戦士、

  神官にいかにも魔術師という風体の人までいる。

 ふと思う。俺はその中でどれに類するんだろうか?と。


 然し、なんつー耐え難いこの険悪な空気。

  耐え難いというか居辛い…か。


 ふと目にした掲示板。いくつかの張り紙が張られているが、

  さてもしかしたらこの中の一枚に俺がいるかもと。

 文字が読めないから一層不安にもなる。無い事を祈ろう。


 パッと見、レイアは不在のようだ。此処は退散しようかと

  依頼所を出ようとした瞬間、当の本人とバッタリ出くわした。


  「うぉっ…」

  「む。ヨウタ殿。着てくれたのか」

  「あ、あぁ。おはようございます。レイアさん」

  「ああ、おはよう。呼び捨てで構わない」


 そう言うと出ようとした所、またあの険悪な室内へと戻り、

  カウンター席へと座った。改めてレイアを見ると、

  怖いぐらい美人だなと思う。スタイルは鎧と分厚い革ドレスに

  邪魔されて判らないのが残念だ。


  「さて、早速だが件の依頼。決行の日時なのだが…」

  「…」

  「ヨウタ殿?」

  「…」

  

 気になるな。かなりスタイル良しと踏んでいるんだが。

  身長高くてスタイル良くて美人で優しいとか、無敵かよ。

  いやいや、一個ぐらい欠点は欲しいだろう。


 などとレイアを見つつ半ば放心。していると、バチンと目の前で

  両手をたたき合せてきた。


  「うぉっほう!?」

  「まだ寝起きで頭が呆けてるようだな…?」

  「あ、いや。うん、ごめん、呆けてました」


 下手な事は口走らず、素直に謝り、決行の日時を聞いた。


  「明後日…OK」

  「対象はギガントと呼ばれる悪威。

    サイクロプスも不特定多数だ」

  「結構規模の大きな戦いになりそうだな…」

  

 そう言うと、レインは立ち上がり、周囲を見回す。


  「やはり、怯えが見えるな」

  「ライゼンヴォルドの影がデカイんだろう」

  「ああその通り。だからこそ…」


 だからこそ、何? 彼女はカウンターに背を向け、

  周囲へと掌を向けて怯えと恐れが支配する場に言い放った。


  「聞け! ルイの幻獣は此度のギガント討伐に参戦する!!」


  「「な…」」


 続く言葉は「なんだってー!?」である。

  驚きのあまり椅子ごと後にひっくり返り、後頭部を強打する者。

  着けている装備の重さに床をぶち抜いて転げる奴までいた。


  「三絶に近しい存在の威は、各々がその眼に焼き付けただろう!

    それが我等の味方となるのだ!!

   今からでも遅くは無い。悪威討伐に参戦する者はいないか!!」


  「お、おおぉお俺もいくぞ。あんなのが味方なら戦える」

  「五分…いや、それ以上の勝算。参加しないは馬鹿だわね…」


 険悪な空気が一転、お祭り騒ぎに発展し、我も我もとレイアに言い寄る。

  それを見て彼女はどう思っているのか。

 俺にしてみれば、現金な奴等、調子の良い奴等。

  甚だ不快ではある。だが、もし同じ立場なら俺もそうなのだろうか…と。


 それから暫く参加者が殺到し、騒ぎが収束するまでかなりの時間を要した。


  「ふぅ…」

  「お疲れ様。然し、なるほどねぇ。ライゼンヴォルドの脅威を

    逆手に取って人数を増やしたのか」

  「ああ。すまない。だが余りに人数に不安があってな…」


 聞けば、以前の人数は手練手管ばかりではあるが、

  ほんの8名だったという話。それが今や100に届くという。

 だが、いくら数を集めても圧倒的力の前には無力だろう。


  「けど、死人が増えるだけじゃないのか?」

  「いや。彼等には悪い言い方だが、賢しい方が生き残るだろう」

  「あ、成る程。力量の差をハッキリと認識しているからこそ…か」

  「ああ。そう言う方が聞こえが良かったな」


 この人。結構ズバッと言うんだな。

  そう言う所は父親譲りなのだろう。根本的な所は違うようだが。


  「さて、先に分け前の相談をしておこうか」

  「勝つ気まんまんじゃないか…。いや、野菜の代金…。

    あ、いや待てよ」

  「君が一番危険な役目を担うんだ。多く取り分を得たといって

    誰も不平不満を言う者など居ないさ」

  「いやいや。そういうのじゃなくて。うん。

    一着…いや、二着程、パジャマが欲しいな、ルイに」


 パジャマという言葉に、レイアは目を丸くして驚く。

  億に届く報酬を得てもおかしくない。なのに求めてきたのは

  二着の寝巻きのみだと。


  「本当に君の価値観は良く判らないな…!」

  「いや? ルイにぶっかぶかのパジャマとか似合いそうだなと」

  「そういう意味ではなくてだな…」

  「毎回寝る時思うんだよなぁ…。パジャマ姿が見たいって」

  「あ、いや…」

  「白と蒼のストライプ…。水玉も捨てがたい。

    あー…夢が広がるなぁ…」


 脳内でルイのパジャマ姿を妄想し続ける俺を見て、

  半ば呆れたレイアの視線。だがそれでも妄想が止まる事も無くだ。


  「レイアは、何が似合うと思う?」

  「いや、私はその手には疎くてな…」

  「疎いとか関係無しに、似合いそうだとかあるっしょ?」

  「ん。うむ…」


 明らかに嫌がっているのを無視してゴリゴリに押している。

  

  「あ。しまった。これから私用があるのを忘れていた」

  「あらら。そりゃ残念…」


 単に嫌がられただけだろう。そう思いつつ彼女を見送る。

  そして俺もまた依頼所を出て街中へと。

 大通りを歩くと衣服を売っている店に目が行く。

  男女両方の衣服が揃っていて、パジャマもある。

 それを見ながら、この討伐は必ず成功させてその報酬で

  ルイにぶかぶかパジャマを着せる。


 そんな野望を胸に、ギカント討伐の日を迎える事になる。


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