優しき騎士と悩める幻獣


 俺達は、サイクロプスが一部破壊した街、レヴンギールを離れ、

  ルイの自宅へと戻る。その途中で一つ理解した事がある。


 このライゼンヴォルドの力は、ルイの意思でON/OFFが可能であり、

  俺自身ではそれが不可能と言う事だ。


 少し、ほんの少し。

  砂利に足跡をつける程度の踏み込みで周囲の石畳が

  数多く跳ね上がったり、鋼鉄を纏う成人を三人も軽々と蹴り飛ばす。

 並々ならぬ膂力。加えて己の意思で雷撃を操れる事。

  然しこれは、ほんの氷山の一角なのだろう。


 そんな恐ろしい力に振り回され、軽はずみな行動に出た俺は――


   「ちゃんと聞いているの? ヨウタ」


 家の床で正座してルイにお説教されてます。

  

   「私の事を大事に思ってくれるのは嬉しいよ?」

   「はい…」


 俯いてショボーンを決め込んでいる俺。

  その後ろの方でケラケラと笑っているチマ子ーズ。


   「でもね…? 良く知らないで行動しちゃダメ」

   「はい。そこはもう…我ながら浅慮だったと思ってます」


 返す言葉も無い。確かに俺はメーゼフォンに見させられた記憶の一部。

  それしか知らない。とどのつまりは…。


   「俺の独りよがり。エゴでしかなかったかぁ…。

     なぁ、ルイ。教えてくれないか?」

   「ん。反省したのなら…ん? 何をかな?」


 ルイの事。などとは言えず。

  彼女自身の事を尋ねれば、自身で古傷を抉る事になりかねない。

 だから、ルイと関わりのある人達を知る事から始めようと考えた。

 

   「君に、いや。俺にもか…。

     食い物を置いてくれる奴が…あの女騎士でいいのか?」


 ルイはすぐには答えず。どうやら俺の問いの真意を探っているようだ。

  ジッと俺の目を見て、視線を窓の外に移し、ようやく口を開いた。


   「レイアだね。うん。いつも夜明け前に」


 来るであろう時間帯のみを教えてくれた。

  十分だ。それを聞くと礼を言い、俺は外に出ようとした。


   「どこにいくの? まだ夜になったばかりだよ?」

   

 ドアノブに手をかけて、一度立ち止まるも振り向かず。

  

   「頭を冷やしてくる。少し、一人で考える時間が欲しい」

   「そう…。風邪、ひかないでね?」

   「幻獣が風邪ひくのかよ」

   「それもそうだね」


 今の顔を見られたくない。振り向かずに俺は静かにドアを開き

  外へと出た。

 家の傍にある小川。その岸に座り込み空を眺めた。

  雲一つ無い漆黒の夜空に数多の星々が煌いている。


 溜息と同時にふと心配になる。レイアという女騎士とその周囲の

  騎士達は大丈夫だったろうかと。加減はしていたがあの力。

  容易く人の命を奪う事が出来る代物だ。


  (世界を容易く変える――)


 ふと、ライゼンヴォルドの言葉を思い出す。

  人だけではない。世界そのものの在り様すら変える力。

 足元にある湿った土を強く握り締める。


   「世界を変える…か」


 壊す事で世界を変える。それが容易いわけで、

  人一人の世界を変えるには強過ぎる力なのだろうか。


 考えても答えは出ず。ただただ時間が過ぎていく。

  俺はただ一人で、答えの無いかも知れない、

  そんな地平をただただ眺めていた。


 ジャリ…。 岸から離れた場所の砂利を踏む音が聞こえた。


   「ルイの幻獣…いや。ヨウタ殿だったか、

     こんな夜明け前に何をしているのだ?」


 まだ夜明け前に誰…ああ。もうそんな時間なのか。

  振り向くとそこには長い金髪を後で結わった女騎士、

  レイアが居た。相変わらずのブリガンダインに厚革のドレス。


   「ん。ああ。アンタか…。俺の早とちりですまなかった。

     他の人達は大丈夫だったかな…」

   「ああ。身体的には問題無い」


 身体的には…か。


   「トラウマでも、植えつけちまったか…」

   「いや、むしろ三絶に近しい存在の怒りに触れた。

     その所が大きいのだと思っている」


 三絶…確かに彼等から見たらそうなのだろう。

  俺がレーゼフォンを初めて見た時も畏怖すら覚えた。

  だがルイのお陰か、とても友好的だった。…だが彼等は…。


   「なぁ…レイアさんっていったか。

     アンタは、ルイのなんなんだろう?」

   「ルイの…か」


 そう言うと、レイアは俺の横に座り込む。

  その傍らには大量の野菜が…ありがたい。


   「単刀直入に言えば、幼い頃の友人だ。

     父には近寄るなと、めっぽう叱られたものだが…」

   「そか。味方でいてくれてたんだな」

   

 恐らく、俺がレーゼフォンと見た記憶。その後にレイアがルイを

  身を挺して庇ったのだろう。そう考えるとルイの言葉とあの記憶は

  繋がる。


   「ヨウタ殿。今の君はビスマルク家だけでなく、

     依頼所…ギルドの面々にまで畏れられてしまっているんだ」

   「暴れちゃったしなぁ…」

   「我が家は正直どうしようもない。だがギルドはまだ大丈夫だ」


 そう言うと、俺に一つの依頼書を手渡してきた。

  本当は依頼所に来た時に見せようとしていたらしい。


 だが、俺は文字が読めない。


   「あ、いや。俺、実はこの世界の文字が…」

   「む。それは不便だな。ならば私の口から説明しよう」


 悪威討伐 


  テステラートとの交易の妨げとなっている一ツ目巨人。

   その住処となるグリアラン峠の悪威を討伐せよ。

  

  尚、この案件は既に幾度も失敗しており、

   多くの死者が出た。未熟な者は依頼受諾を不可とする。


   成功報酬 150.000,000gid



   「…まさか、アレが山から下りてきたのは…」

   「ああ。未熟な者が一攫千金の夢を見て挑み、

     巨人を連れて逃げ帰ってきたんだ」

   「うへぇ…」


 レイアが言うには、近々彼女を筆頭とした討伐隊が編成される。

  そこに俺も加わって欲しいとの事なのだ。

 

 一度、レイアの顔を見ると、申し訳なさそうに俯き、

  唇を噛み締めている。


   「ルイの守護者である君に、

     ルイを痛めつけた者達が助けを請うのはお門違い。

     それは判っている。判っているが…」


 ギリ…と歯を食い縛り、地面の土を握り締める。

  恐らくは自分の不甲斐なさに対してのモノだと見てとれた。


   「ルイの友人…なんだろ?」

   

 俺はただその言葉を口にした。

  それに対しレイアは目を見開いて当然だと。


   「だよなぁ。でなけりゃ食べ物の心配までしないよなぁ」


 両手を軽くポンと打つと、自分の中でこう、打算した。


   「うん。OK。今までの食い物のお礼。それでいこう」

   「…食べ物?」

  

 俺は立ち上がり、レイアに右手を差し出した。


   「ああ。今までの野菜の代金だ。

     それで俺は、その悪威を討つ」

   「は…ははは。微々たるものだぞ、野菜の代金など」

   「いや、ルイなら必ず頷くさ。

     今回の案件ならば自信がある」

  

 そして、レイアは俺の手を握り返し、立ち上がり、

  今まで曇っていた表情が、パァッと晴れやかに。


   「恩に着る!! これで、決死隊にならなくて済みそうだ」

   「死ぬつもりだったのかよ!! 無茶苦茶だなぁ…」

   「無茶苦茶では無い。富める者の義務だ」

   

 ノブレス・オブ・リージュ。だったかな。

  大嫌いな、お貴族様の在り得無いだろう行動。

 それを目の前で見た俺は、お貴族様の見解を見直さないといけない。


 そう思いつつ、レイア・ルーク・ビスマルクという騎士と

  強めの握手をし、昇る朝日に彼女を助ける事を誓った。

  



 


 

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