ルイの幻獣 ライゼンヴォルド②
「待って!! 頼むから話を…!!」
ブリガンダインを身につけ、厚手の皮製のドレスを着込んだ女。
そいつが身構えつつ止めようとしている。
だが彼女の視線だけは自身の武器に。
「話しなんて言いつつ、視線は槍を見ているようだが?
人と話をする時は、人の目を見て話すものだろ?」
名前も知らない。聞く必要も無い。
ただ目の前の奴に歩み寄り、片手で頭を掴んで持ち上げた。
「く…ぐぁ!!」
「どうだよ。圧倒的力で捻じ伏せられる側になった気分は」
更に僅かにだが右手に力を込める。
ミシミシと頭蓋骨が軋み、その痛みを女は我慢しつつ俺を見ている。
「ぐ…ぁ」
「まさに、大人と子供だな」
そう言うと、俺は彼女地面へと落として解放した。
「ルイが味わった痛みは、悲しみはこんなもんじゃないだろう?
楽に死ねるとは、思わないでくれよ」
周囲を見回すと、この女の部下だろうフルプレ騎士達が
槍や片手剣等を俺に向けて身構えてはいる。
身構えてはいるが、その切っ先のどれもがガタガタと震えている。
特に構えるでも無く、俺はただ地面を軽く踏んだ。
その直後、放射状に広がる雷撃が周囲の騎士を薙ぐ。
「「なっ…」」
痛みを発する声も壁と激突した音に掻き消された。
ただそれを俺は無感情に見ている。
無感情。というよりは足元で歩いている蟻を
踏み潰してしまった。その時の感情に近い。
吹き飛ばしたそれらを一瞥すると、俺は再び女の方へと向く。
「頼むから、頼むから話を!!」
余所見している間に拾った槍を身構えてかよ。
「話をする相手に槍を向けるのかよ」
「こ、これは…」
「まぁ、どうでもいいや。なぁ、ビスマルクという
腐れ貴族の家はどこだ?」
その名にビクッと身を強張らせた女は、
身を低くして身構えた。
「それを聞いてどうするつもりだ」
「そうだな。一族郎党、楽には死ねないんじゃないかな」
「そうか。やはり…そこか」
そう言うと、女は全てを諦めたかのように槍を地面へと落とした。
俯いた表情、その目は絶望というよりも悔恨の色を浮かべていた。
「私は…レイア」
「ん?」
「ビスマルク家が末娘。レイア・ルーク・ビスマルク」
「へぇ。で、わざわざ出向いて、
ルイの古傷を抉りにきてたのか」
最早無抵抗といっていい女を軽く蹴飛ばすと、
幾度も地面に叩きつけられながら転がり、大通りにある噴水の
外枠へと体を激しく打った。
「ぐ…がはっ。わ、私…は…」
相当に痛いだろう、それでも何かを伝えようと、
体を起そうとしているが、生まれたての小鹿のように弱々しい。
「もう限界かよ」
このままコイツを蹴り歩いて、ビスマルク家を探すか?
などと思っていると、俺の背中にドンと何かがぶつかる。
「ヨータ!! やめて…その人は!!!」
「ルイ?」
余程にトラウマを抱えてるのか、目に大粒の涙を溜めて、
振り返った俺の目を真っ直ぐに見ている。
「どうして止めるんだよ。
腐った根っこを全部引き抜いた方が早そうじゃないか」
「どうしたのよ!! ヨータらしくないよ!?」
俺らしくない?
「俺? らしくない?」
「そうだよ! なんでそんな目をしているの?
どうしてそんな冷たい目をしてるのよ!!」
「冷たい…目?」
思わず右手で自分の目の周りを触る。
触っても実際の温度的な意味合いじゃない事は判ってる。
「いい…。いいんだ。我が家の過ち。
いつかは、報いを受けねば…くっ…」
俺を挟んで、ルイには見えない位置に居る女がようやく立ち上がる。
その言葉にビクッと驚いたのか、小さく縮こまるように俺の背に
しがみ付いたルイ。
「ルイ。無理するな。すぐ目の前から消してやるよ」
「ダメ。ダメだよ!! その人は…その人はだめ!!!」
何で庇うのか。視界に入るのも怖いんだろ。
俺は振り返り、ルイの頭を撫でた。
「意味が、わからない」
「その人は…レイアさんは。私を庇って一緒に怪我までしたの!」
「なん…まじか」
「あれからずっと、ずっと食べ物を家の前に置いてくれて、
ジーさんと一緒にずっと…ふ、ふえぇぇぇ」
アーッ!! 泣き出した。
そして俺の心に強烈な一撃が突き刺さる。
「今のヨータなんて…大嫌いだぁぁぁああッッ!!!」
「ちょ…!!! 待て、待ってくれ。
俺はルイの為に…」
「私を人殺しの理由にしないでよ!!」
…。その言葉にようやく俺は冷静さを取り戻す。
あの時にライゼンヴォルドに言った言葉。
それを早々に違えてしまった。
「あ…ごめん」
「もういいから、早く…帰ろう?」
「ああ、でも、大丈夫か?
ひどく顔色が悪いけど…」
「うん、大丈夫…」
俺から離れた途端によろけるルイを右手で支える。
相当に精神に堪えるモノがあったのか、
触れた体は小刻みに震えていた。
そんなルイを抱きかかえ、その場を去ろうとする。
「待ってくれ…。ルイの幻獣。
これだけは…これだけは判って欲しい」
満身創痍の女が息も絶え絶えに、懇願とも言える言葉を連ねた。
「この街の全てが、ビスマルク家当主の傀儡では…無い。
今度、話をしたい。気が向いたらで良い。
この街の依頼所に来てくれ…」
その言葉に返事はせず、俺はルイを抱えてその街を出る。
悔恨。力を手にして早々に振り回された事。
ルイを笑わせる所か、泣かせてしまった事。
…嫌われたかな。 心に得も言えぬ痛みを感じつつ家へと帰った。
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