ルイの幻獣 ライゼンヴォルド


 けたたましく鳴る警鐘。1km離れて尚、感じる地響き。

  街の中央にある雲にも届く白い巨塔目指し、

  街を破壊し歩く一つ目の巨人。


 これほど離れて尚、その大きさは目を疑う程に巨大だ。


  「でけぇな…サイクロプスなんて初めてみたわー」


 ルイに手を引っ張られて街へと走るのだが、一つ疑問があり

  俺は無理矢理にルイを引きとめた。


  「ちょっ…ちょっと待て! 一ついいか?」

  「質問はあとだよ! あんなのが街に…!!」


 どうして、そこまで慌てるんだ。冷静に考えろよ。

  あそこに居る奴等は皆、お前を…。


 俺は眉を潜めてルイの両肩を掴み、尋ねた。


  「ビスマルク家の流言に踊らされたとはいえ、

    直接的に貶めたのは奴等だろ?

   ついでに言えば、巨人にビスマルク家を――」


  「それでも私の故郷なの!! それに家を作ってくれた大工の

    ジーさんとか野菜とか置いて行ってくれるギルドの人とか!!」


 あ、成程。それなりの繋がりはやっぱりあったのか。

  慌てる彼女を尚も引きとめる。行って俺達に何が出来るのかと。

 

  「然し、相手はあんな化物だぞ。勝算はあるのか? ルイ」


  「うん。ライゼンヴォルド…彼なら倒せる!」


 言い切りました。確か三絶に匹敵する夢幻の竜王。

  つーても夢幻てなんだよと思うがそれはそれとして。


 コレといって人間不信な素振りを見せない。

  だが大工の人とかも気にかけてるぐらいだ。

  あるにはあるのだろう。


  「判った。なら此処から呼び出したりは出来無いか?」


 ルイは街との距離を目で測ると、頷いた。

  

  「良し。じゃあ此処から安全を確保しながら頼む」

  「判ったわ…でもいいの? ヨウタは」


 どういう事? 心配そうというか、不安?

  わから無いが戸惑いを見せて、俺に一歩近づく。


  「何か不具合つか俺に都合の悪い事でも?」

  「う…うん。彼、変わってるから大丈夫かな…と」


 以前にもやったんだろ? と尋ねると頷く。

  なら何も問題無いんじゃないか。

 と、あれこれルイと言ってる内に幾度目かの地響きと共に、

  街から火の手があがり始めた。


  「くそ。時間もなさそうだ、速攻で頼む、ルイ!!」


  「うん! 蒼穹貫く閃光よ――」


 彼女が手を翳すのは、地面では無く、空。


  「暴風纏いて雲を薙げ――」


 空に浮かぶ分厚い雲が、ルイの言葉に呼応するように渦を巻く。

  渦巻く雲の一つ一つが理解出来無い文字となる。


  「で…でけぇ…」


 街を丸ごと飲み込みそうな巨大な雲の積層型魔法陣。

  それが街の遥か上空にて形成された。

 それをただただポカンと口をあけて見ている俺は

  突然、ルイに右手を掴まれた。


  「へ?」


  「夢幻の盟約――我は汝と共に在り!!」


 ルイは、大きく息を吸い込むと、そう大声で空へと告げた。


 すると、それに答えるように、いやちょ…。

  一瞬、意識が時空の彼方へ散歩しそうになる程の咆哮が聞こえた。


  「オォォォオオオヲッッ!!! 汝は我と共に在り!!」


 まるで世界を嘗め回すかのような、大きく低く野太い声に身を低く屈めてしまう。

  瞬間、辛うじて見上げていた空の雲。

 その魔法陣が強烈な衝撃波を伴い、波紋状に消し飛びその中心から――


  「ちょ…何か降ってキタァァァア!?」


  「盟約者。ルイ・ルシアンルールは請い願う――

    助け、給え。救い、給え――弱き我等に慈悲を――」


  「――齎さん」


 …。ながーーーーーい口上が終わった瞬間。

  何故か俺の意識が吹き飛んだ。

 いや、正確には意識はあるが、感覚が無い。

  周囲は真っ白な空間が何処までも続いているようだ。


 最後に見た記憶は、半透明だが電気どころか稲妻を纏った

  黒い塊が俺に突っ込んできた。それだけだ。


 そんで、その突っ込んできただろうご本人。

  見た目は雷を纏ったワイバーン。色は漆黒。目は真紅。


  「久しぶりだな。…ヒノ・ヨウタ!」


 クルリと横に一回転して、身を屈め、右手で顔を何故か半隠し。

  いやその。反応に困るんだが何この雷竜。


  「あ、いや。その、すまないんだけど――」


 今度は激しく身を仰け反らせ硬直、左手で俺の言葉を遮った。


  「我が友よ皆まで言うな…判っている。判っているとも!

    貴様が記憶を無くしているという事だろう」


  「あ、ああ。そうなんだけど」


 …。この時、婆さんの記憶で見せてもらった時のあの言葉を

  思い出した。

  (へんにかっこうつけたがるのー)


 つまり、こういう奴なのか。頭が痛くなってきた。

  と、ともあれ、さっさとお願いして倒して貰おう。


  「あーと。確かライゼン…」

  「塵竜王ライゼンヴォルド。我が力の前に万象一切、塵と化す運命」


 また右手で顔を半隠しにして…って今度は微妙に上半身を捩って

  左手を空に掲げてる!? これは引くわー。


  「あ、ああ。塵のジンだったわけか。成程…じゃなくて!!」

  

 捻ったポーズのままやや仰け反り、左手でまた言葉を遮られた。


  「案ずるな友よ。既に少女の願いは果たされた」

  「へ? まさか、もうサイクロプス倒した…のか?」


 そのままクルリと回って中腰になる。

  今度は戦隊モノよろしくなポーズで地面に右手をつけている。


  「下等生物と書いてゴミ。容易き事よ」

  

 一瞬だけ、本当に一瞬だけ苦笑いした。

  一体で街を壊滅させそうな化物をゴミ扱いかよ。


  「そ、そか。ありがとう…てか、これからどうなるのか」

  「汝と我の融和性が非常に高い」


 融和性? ま、またポーズを変えたぞ。

  腰を前に突き出して、右手を股間部に添えている。


  「そう…さながら、元は一つであったように!!」


 そう言う意味で股間に手を当てるな!!

  と、脳内で突っ込みつつ冷静になろうと深呼吸。


  「で、俺はこれからどうなるのかな?

    融和ってことは混ざったんだろう?」


 ズドン!


 体が一瞬浮いた。ライゼンヴォルドが歩いただけなのに。

  

 ズドン!!


  「我は汝と共になり、汝は我と共になる」

  「うん悪い、もう少し判りやすく」


 ズシンと俺の全身より尚、大きい手が頭に添えられた。


  「うっほ!!」

  「案ずるな。姿は返す。然し、力は遺そう。

    元より我に肉は無い。夢幻の存在」


 架空の存在だと認識しているのだろうか。

  真紅の双眸が頭上に広がる真っ白な空を、静かに見た。


  「ルイが出会いし6つの夢幻。

    その力はそれぞれが世界を容易く変えるだろう」

  「6つ!?」


 再び彼は俺へと視線を落とし、尋ねた。


  「問おう。貴様は力を得た先に、何を見る?」


 考えるまでも無く、彼に右腕を突き出し親指を立て、一言。


  「ルイの笑顔を沢山見る為…だな」

  「フフ…クハハハハハッッ!!!」


 耳を劈く笑い声とも咆哮ともとれるそれと共に、

  彼の体が薄れ、霧の如くに消えていく。


  「覚えおけい! それは我等の総意でもある事を!!」

  「あ、ああ。判った」


 彼が完全に消えた後、この真っ白な世界も消え、

  俺は事の済んだ街へと、ルイの傍へと戻る事になる。


 視界が戻った先には、頭を抑え身を屈めて怯えるルイと。

  それを見下ろす金髪を後ろで結った長身の女。

  ブリガンダインに厚手の皮のドレス。

 右手には旗がついたとてつもなく長い槍。


  「ルイ…」


 余りに唐突だった為か、思考が停止したままで俺は駆け出し、

  金髪の鎧女を蹴るが、左右に居た騎士っぽいのが

  カイトシールドを身構えてそれを防ぐ。


 ガチィィィィイッ!! ギシ…ミシ。


 ただの蹴りを盾で防いだ。それだけの筈。

  フルプレートの二人の体がくの字に曲がりながら浮く。


 バキャァッ!


 という破砕音と共に盾が砕け散り、フルプレ騎士を後ろにいた鎧女ごし

  2m近くも吹き飛ばした。


 …三人。三人だぞ、それも鎧を着込んだ奴等を蹴り飛ばせた。

  

  「くっ…貴様は、ま、魔女の幻獣」


 蹴り飛ばした内の一人の騎士が怯えた声で俺を指差した。


  「ひっ…」


 もう一人は泡を吹いて――

  …うわ。股間部からサンライトイエローの水を漏らし失神した。

  いや、幻獣じゃなくて人間。人間だから!!


 というか、今、コイツ…何か言ったな。


  「魔女…? 誰がだ?」


 強く、ただ強く地面を踏みつけて一歩。

  ズシン!!という音とともに、石畳が数十枚跳ね上がった。


  「ああああああ…くくくくくるくるくるああああっ!!!」

  「誰の事かと聞いてんだよテメェェェエエッ!!!」


 右手一本でフルプレ騎士を軽々と持ち上げた時、俺は気付く。

  爆発的に身体能力が上がった事に加えて、

  竜を模したのだろう漆黒の鎧を身に纏っている事に。


  「ツァァァァァァァァアッ!!」


 甲高くも勇ましい掛け声とともに、捕まえた騎士の隙間を縫うように

  槍が突き出てきた。それを見た瞬間、騎士ごと横に振り払う。


 槍は持ち主の手を離れ、俺から見て右側5m程の場所まで

  滑り、回りながら捲れた石畳に当たり金属音と共に止まる。


  「くっ…強い」


 右手が痺れたのか、左手で右の手首を押さえつつ、こちらを見ている。

  その青い瞳は強く光に溢れ、絶望の色は皆無。


  「もう一度、聞きたい。誰が…魔女だと?」

  「そ、それは…」

  

 そうかよ、もういい。この力なら簡単じゃないか。

  

  「判った。もういい。

   この街でかつてルイを陥れ、傷つけた奴等は――」

  「ま、待て!! 待ってくれ!! 頼む!!!」


 心の奥底から湧き出るドス黒い感情。

  それが俺の全身から溢れ出る。

 

  「此処は、大人が子供を傷つけて許される。

    そんなクソッタレな世界なんだろう?」


  「待て! それは…!! ちが――」




  「―――因果応報、鏖殺してやる。」

  

  


 


 


 


 



 

    




 

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