お稲荷さんのとある1日

星月 猫

お稲荷さんのとある1日

「ふあぁぁぁっ」


ボクは今日も台座の上で大あくびを──あっ。

カンカラカン!

あぁ……また、咥えていた巻物を落としてしまった。

ボクは大きく伸びをしてから地面に降りる。


「あらら、また?」


上から声が降ってきた。

白鉄しろがねあねさん!……起こしちゃった?」

「いいえ、大丈夫よ。でも、今日も黒鉄くろがねの大あくびは直らないのね?」

……バレてたか。

何はともあれ、この稲荷は今日も平和だ。


***


この稲荷の歴史は長い。

ボクはこの稲荷の守人もりとのひとり。

巻物を咥えた、黒い毛並けなみの狛狐──10代目黒鉄なのだ。えっへん。

姐さんはボクの対になる狛狐で、白い毛並みが自慢の9代目白鉄だ。


ちなみにボクはまだまだ“ちびっこ”だ。

姐さんは……言ったら確実にシメられるので言わないが、だいぶ年上である。

狐は年を経るごとに妖力を増す。

妖力が増せば、尻尾も増えるのだ。大体、100~150年に1本くらいで。

ボクはまだ二尾だが、姐さんは五尾だ。

……あまり勧めないが、計算したい者は自己責任でどうぞ。

そして、最高位の九尾──天狐てんこは、およそ1000年以上を生きた狐である。

その九尾と言えば──


「黒鉄、何をぼうっとしているの?今日はあるじ……燐火りんか様のお出ましなのよ?」


──ボクたちの主である。

主の瞳は紅玉のようで、9本の尻尾の先だけが白く、それ以外は金の毛並みの美しい天狐だという。

この稲荷は人間たちが、主を祀るために作ったものである。

人間たちは、どうやら主のことを神と崇めているらしい。

そして、神は死なないと思っているようだが……そんな訳はない。

ボクはお会いした事が無いのでよく知らないが──何故かお出ましの日と、出張の日などの用事がやたらと重なるのだ──主も何代目かの天狐だ。


「……ね、……がね!……黒鉄!!」

「ん?」

「ん?じゃなくて!ぼうっとしている暇は無いのよ?」

ボクはきょとんとして首をかしげた。

「はぁ……聴いてなかったの?今日は……」


このあとボクは、時間を忘れた姐さんにこっぴどく叱られた。


***


……今回は特に長かった。


気が付いた時には──いつの間にか太陽が空高く昇っていたほどに。

そして、ふたりで慌ただしく主を迎える支度を整える事になるのだった。

──そして。


「え、えーっと……?」

「り、燐火りんか様……?」

満月の月が昇る頃、主がお出ましになった──の、だが……。


「もう……やだ。疲れだぁ……」


何か、ぐだぐだだった。主の威厳、丸潰れである。

……何はともあれ。

「主、一体何があったので?」

「黒鉄、口を慎みなさい!」

本日2回目の姐さんの雷が落ちた。

つくづくツイてない日だ。

「あ~大丈夫だよ~そーゆーのは気にしないから~」

「ですが!」

「ギンお姉ちゃん」

主は静かな声音で姐さんに……ん?今、なんて言いました?

「確かに私は天狐──みんなの上司だけど、長い年月を経て九尾になったんじゃない。みんなより少しだけ多く妖力があって、それを使う機会も多かっただけ。何より、私はギンお姉ちゃんの妹なんだよ?」


珍しく俯いている姐さんの表情は──見えない。


「いつもは天狐として相応しい言動を心がけてるけど、お姉ちゃんには前と同じようにして欲しいな」

「燐火様……いえ、リン。──前と同じようになら遠慮無く言わせてもらうわね?……今日は許すけど、せめてそのグダグダはやめなさい」

「………………はぁい」

ふたりは顔を見合わせると、同時に微笑んだのだった。


***


月が空高く昇った頃に主……じゃなくて、リン様はお帰りになった。

ちなみにこの呼び方に落ち着くまでにも一悶着あった。

リン様に、「ひとりにだけ堅い呼ばれ方するのはイヤ」と言われ、それに対して姐さんが「せて『様』は付けなさい」と助言を入れたためだ。

……当然のように姉妹は言い争いを始めた。ボクを置き去りにして。


まぁ、そんなこんながありまして。


深夜になる頃、やっと片付けが終わった。

明日は寝不足決定である。

ボクは姐さんが大目に見てくれる事を願いつつ、眠りにつくのだった。

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