第四章

【無無明 亦無無明尽】

ほら なんとなくでもわかってきただろう さとれる気分がしてきただろう でもちがうんだな この世界のすべてが『空』ってことは 本統はなにも差別する必要がないことがわかるだろう 『綺麗は汚い 汚いは綺麗』さ おれたちが『よい』とおもっているものは『色』がよいとおもっているにすぎねえ おれたちが『わるい』とおもっているものは『色』がわるいっておもっているにすぎねえ その『色』っちゅうもんは本統のところ白紙や膜だってわかっただろう だからだよ 『色』によいとかわるいとかいう基準は必要ないのとおなじで 『さとることがよいわけでも さとらないことがわるいわけでもねえ』んだ そうなんだよ べつに舎利子がさとろうがさとるまいが そんなことを気にする必要はねえんだ それは『さとること』と『さとらないこと』を差別することになるからな おなじように この世界のすべてを差別することはないのさ 成功と失敗も 勝利と敗北も 美人と不美人も 健康と障害も 全部 おれたちが絵や映像という『色』をすききらいしているにすぎねえ


【乃至 無老死 亦無老死尽】

『色』は『空』という白紙のうえの絵具にすぎねえ 『膜』というスクリーンがうつす『擬似映像』にすぎねえ といってもだ その『世界』ちゅう『絵』や『映像』のなかのおれたちそのものが『絵』や『映像』にすぎねえ 『絵』があるってことは『白紙』があるっていう証拠だし 『白紙』がなければ『絵』を描くこともできねえ 『擬似映像』を体験してるってことはおおもととなる『膜』があるっていう証拠だし 『膜』というスクリーンがなければ『擬似映像』をかんじることもできねえ 老いや死っちゅう苦しみのおおもとが『空』という白紙や膜だとおもえば 『白紙』が永遠に置かれているだけ あるいは 『フィルム』のなかに過去も現在も未来もごちゃまぜになっているだけだから 無いことになるけれども 『色』という絵や映像としてのおれたちは 同時に老いてゆき死ぬ運命にあることはたしかなんだ 『さとる』と『さとらない』を差別しないように 『絵』と『白紙』 『映像』と『膜』を差別する必要もないから 『生』と『死』を差別することもないわけさ 


【無苦 集 滅 道】

舎利子だって何年も生きていれば『この世界のすべては苦しみだ』とわかるだろう その苦しみっちゅうのがなにかの原因のあつまりからうまれるとおもうだろう 苦しみたくないから苦しみの原因をなくしちまいたいだろう 苦しみの原因をなくすための方法っていうのを識りたいだろう でもちょっとまってくれ そもそも すべてが『絵』や『映像』にすぎねえ世界では 本統は苦しみさえも存在しないんだ もうすこし説明させてくれ



――つづく

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