リア充を爆発させるだけの力

福寿草真【コミカライズ連載中/書籍発売中

リア充を爆発させるだけの力

異能。一風変わった能力のことである。


 そんな異能を俺、白井西也しらいせいやは持っている。


 それも、ちょっとした一芸ができるとか、そんなレベルではない。


 恐らく、人類史上初。後世にも、これ程異質で、人間離れした力を持つ者は居ないのではないか。

 そう、本人である俺でさえ思ってしまう程の、謎の力である。


 そんな力。しかし、俺はそれを赤ん坊の頃から使えた訳ではない。


 そう、あれは2年程前。ちょうどクリスマスの頃だったか。

 所謂ホワイトクリスマスというやつで、辺り一面が真っ白に染まる中、恋人達がイチャイチャと歩く通りを、それこそ冬のように冷え切った心で1人虚しく歩いていた時のこと。


 行き交う恋人に対し、1組1組「リア充爆発しろ!」の言葉を心の内で浴びせていると、突然カチッという音がすると、次々と男達の髪がボンと爆発し、ボンバーヘアへと早変わりしていったのである。


 何事かと思った。


 しかし、すぐにボンバーヘアになったのが、俺が爆発しろと念じた男達の髪のみだという事に気付いた。


 まさかと思い、心の中で謝りながら、1組に向かい、「リア充爆発しろ!」と唱えた。


 カチッと音が鳴り、男の髪が爆発した。


 再度別のカップルへと唱える。


 やはり、爆発した。


「こ、これは…………!」


 俺に異能が発現し、それを自覚した瞬間であった。


 以来、様々なカップルを爆発させた。


 この一連の不可思議な出来事は、テレビにも大きく取り上げられ、マスコミもワーワーと騒いだ。

 挙げ句の果てには、奇妙な現象として新聞の一面を飾った。


 申し訳ないと思いながらも、心が躍った。

 自分は特別なんだと、何となしに思った。


 しかし、この力には大きな欠点があった。


 それは──異能を使用しても、決して何の役にも立たない事である。


 ただ、カップルの男の髪をボンバーヘアにするだけ。

 たったそれだけしか起きないのである。


 そこに、カップルへの迷惑は発生しても、俺自身へのメリットは1つもない。


 だからか、いつしか俺は異能を使用するのを辞めた。

 同時に一時世間の話題を折檻していたボンバーヘア事件も、時間の経過と共に風化していった。


 そして現在の俺はと言うと。


 昼休みに教室で机に突っ伏しながら、1人の少女へと目を向けていた。


 席をくっつけ、友人と楽しそうに会話をしているその少女の名前は、星野つつじ。


 俺の通う高校で最も可愛いと評判の少女だ。


 綺麗というよりは可愛らしいといった容貌に、まるで絹糸の様にさらりと美しく靡く黒髪。


 加えて、どこかおっとりとした性格で、かつ誰にでも優しく接することから、ついたあだ名が『天使』。


 運動が少し苦手であり、決して完璧ではない彼女の姿は、男たちに高嶺の花でありながらも、手が届かない存在ではないのではないかと思わせ、しかし告白した全ての男子生徒を振った事でも有名な少女である。


 基本毎日の様に告白を受け、断り続けている事から、未だあえなく玉砕した男子生徒の人数は日々増加している様だ。


 しかし俺は告白するつもりはない。

 告白した所で、どうせ断られるのだ。


 ならば、告白せずにこうして遠くから眺めている方が、幸せだと言えるのではないか。


 そんなある意味では言い訳みたいな事を考えながら、俺は机に突っ伏し眺め続けた。


 あぁ、異能がもう少し実用的な奴ならなとか、俺自身はリア充から程遠いなとか、そんなネガティブな事を考えながら。


 ◇


 異能を持っていようが、結局は一般人と変わらない。

 リア充の髪をボンバーヘアにする力なんてあっても、他人に迷惑をかけるだけで、何の役にもたたないじゃないかと。


 学校が終わり、1人帰路へと着く中、俺は毎日のように考えるそれを嘆いていた。


 と、同時に。

 自身に宿る力が、他人に惚れられる異能とか、水を操れる力のような、もっと有用で自身や誰かの為になるような力だったら良かったなとすら思った。


 しかし、嘆いた所で何も変わらない。

 これからもこの謎の異能と共に灰色の青春を過ごす事になるのだ。


 そう考え、トボトボと歩きながら俺はハァとため息を吐いた。


 ──と。


「や、やめてください!」


「あ? 良いじゃねーかよ、一緒に遊ぼうぜ? なぁ、お嬢ちゃん」


「い、いや……!」


 トボトボと家へ向かっていると、道中、近くから、そんな声が聞こえた。隠れながらも慌てて声のする方へ向かうと、


「…………!?」


 そこには厳ついヤンキーと、彼により壁側に追いやられ、迫られるつつじちゃんの姿があった。


 ヤンキーはしつこく迫っており、つつじちゃんもどうすれば良いかわからないようで、涙目になりながら、助けが来ないかとキョロキョロと周囲を見回していた。


 しかし、道行く人全員がヤンキーを恐れてか、見て見ぬ振りをして去っていく。


「ど、どどどどどうしよう!?!?」


 隠れながら、俺は焦りに焦っていた。


 あのつつじちゃんが、ピンチだ。このままでは純真無垢な彼女の心が、ヤンキーに汚されてしまう。


 早く、早く、早くしなきゃ。


 ……あぁ、早く誰か、彼女を助けてあげて……!


 そう考え、すぐに自身の思考におかしな部分が存在する事に気がつく。


 ……そう、俺の中には、自分で助けるという選択肢がないのだ。


 大好きなあの子のピンチでさえ、自らが危険に晒される事を恐れ、保身に走ろうとしているのだ。


 惨めだった。そして、同時に悔しかった。


 異能者でありながら、女の子1人救えない。


 不甲斐なかった。悲しかった。


 リア充の髪を爆発させる。ただそれだけでも、この世の誰もが持ち得ない異能だ。

 そんな異能を持つ特別な人間でありながら、1人のピンチに声を上げる事すらできない。


 情けない。情けない。


 負の感情が俺の頭を支配する。

 またいつものやつだ。


 もしも俺の異能が、もっと役に立つものだったら。

 例えば水を操れたり、火を操れたり、物語の主人公が手にするような素晴らしいものだったら。


 そう、リア充を爆発させるだけの力じゃなくてもっと有用な力だったら──


 ……と、ここで。俺の頭に1つの考えが浮かんだ。


 成功するかはわからない。しかしあのヤンキーのルックスや押しの強さを考えれば、確実に成功するだろう1つの考えが。


 ──くだらない異能を持つ、俺だからこそできる、つつじちゃんを救う方法が。


 いつの間にか俺は動き出していた。

 そして2人の前に行くと、意を決して声を掛けた。


「あ、あの……!」


「あ? なんだテメエは?」


「西也……君?」


 ヤンキーがガンを飛ばし、つつじちゃんが歓喜と恐怖の入り混じった表情でこちらを向く。


「はっ! 何だよ、同級生か何かか? ……そんで、その西也君が何か用かなぁ?」


 ヤンキーは、俺の全身を眺め、確実に負けないという確証を得たのであろう。

 つつじちゃんから離れ、一歩二歩と俺へと近づくと、思いっきり威嚇してくる。


 怖い。逃げたい。


 負の感情は未だ溢れ、足がガクガクと震える。


 しかし、もうここまで来てしまったら、前進するしかないだろ……!


 そう自身を鼓舞すると、ヤンキーに向け力強く声を上げた。


「あの、し、質問があります!!」


「……あ?」


「貴方はリア充ですか?!」


「は? いきなりなんだテメエは」


「貴方は、リア充ですか!?」


「だから、何だよそれは」


「貴方は、リア充ですか?!?!」


 鬼気迫る表情でぐいっと前にでる俺に、ヤンキーはたじたじとなる。

 そして、面倒に思ったのだろう、ピキッと青筋を浮かべると、怒鳴るように、


「あぁ、うるせえな! いつでもやれる女は片手じゃ数えられねぇ位にはいるわ!」


「それって……ある意味ではリア充、ですよね?」


「は? ……あぁ、そうだなぁ!」


「へーへー、凄いなー羨ましいなー」


 呆然と呟き、リア充だというヤンキーに対する憎き心を貯めに貯める。


「何だお前……」


 どこか困惑しているヤンキーも無視し、とにかく憎悪の心を溜め続ける。


 俺には1つ思っている事があった。


 今までは、「リア充爆発しろ」と心の中で唱えていた。


 ──なら、もし実際に口に出し唱えたらどうなるのだろうか。


 と。


 スーッと思いっきり息を吸う。

 そして、俺は憎き心と共に、ヤンキーへと思いっきりあの言葉をぶつけた。


「このリア充め! 爆発しろぉぉぉおおお!!!!」


「……………は?」


 困惑するヤンキー。


 俺は、言葉を吐くのと同時に、ヤンキーがこちらへと向いた事で解放されたつつじちゃんの手を取ると、共に走りだした。


「あ? あ、おい!」


 当然ヤンキーは追いかけてくる。見た目的にも体育会系である彼の事だ。

 きっとこのままではすぐに追いつかれてしまうだろう。


 しかし──


 と、ここで聞き慣れたあの、カチッという音が鳴った。

 そして同時に、ヤンキーの頭上に、今までで一番の爆発が起こった。


「…………なんだこりゃぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 ヤンキーの自慢のリーゼントが、今までの5倍はあるだろうか、とにかく巨大なボンバーヘアへと変わった。


 そして、髪がボンバーヘアとなった事、またボンバーヘアが重たかった事などが重なり、ヤンキーは盛大にこける。


「……な、なんなの?」


 後ろを振り向き信じられないものを見たという表情を浮かべるつつじちゃん。


「…………よしっ!」


 そんな彼女の手を引きながら、俺はグッと拳を握った。


 そしてそのまま走りつづけること数分。


 ここまで来れば大丈夫だろう。


 俺はそう考えると、握っていた彼女の手をパッと話すと、ふぅーと息を吐いた。


 大量の汗が滲む。


 普段あまり汗をかかない俺が、ここまで汗まみれになる。


 その事実が、あの場がいかに緊迫したものかを物語っていた。


「あ、あの……!」


 と。ここで、つつじちゃんが声を上げた。


「……ありがとうございました。西也くんが助けてくれなかったら、今頃どうなっていたか」


「いや〜偶々だよ、偶々。あの場に居合わせたから、助けられただけで……」


「そんな事ないよ! 西也くん以外の人は、誰も助けてくれなかった。皆、見て見ぬ振りをして……どこかへ行っちゃった」


「……つつじちゃん」


「だからかな。……そんな中で私を助けてくれた、西也くんは、その……凄くカッコ良かったよ!」


「…………へ?」


 つつじちゃんがカァーっと顔を赤くする。

 そして呆然とする俺の前で、まくしたてるように、


「あの、今日は本当にありがとう。……その、また明日ね!」


 と言うと、走り去っていった。


 その姿を眺めながら、俺は先程の彼女の発言を思い出していた。


 ──カッコ良かったよ! ──カッコ良かったよ! ──カッコ良かったよ!


 その言葉が、そしてその時に浮かべた今まで見た事のない、彼女の赤らめた顔が、潤んだ瞳が、俺の頭の中をぐるぐるとする。


 そして同時に思った。


「好きな女の子を窮地から救って感謝されるなんて、何か俺もリア充みたいだな」


 と。


「…………あ」


 その後、カチっという音と共に、1人の男の頭がボンバーヘアになった。しかし、それでも彼の表情はどこか幸せそうであった。


 この一連の出来事により、白井西也、星野つつじ

 を主としたラブコメがはじまるのだが……それはまた別の話。

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