第2話 朝、起きて

身体中を蝕むような倦怠感と充足感とと共に少年の意識が睡眠の帳から浮上した。


最近青年はよくある夢を見た。

とても楽しくて満足げで、それでいて心の底から人生を楽しむ老人の物語だ。

彼は孤独だった、独りぼっちで寂しがり屋で、それでいて誰よりも人に愛されたいと願っていた。

人の愛し方がわからず、どうすれば愛されるのかも理解できず、ただひたすら孤独にも不器用に戦い続け、気がついた時には物言わぬ死者の軍勢と自分を魔神と侮蔑し嫌悪する人類がその瞳に映った。


ある時国を滅ぼした時男は運命に出会った。

国を滅ぼし大陸から人類を消し去らんと進撃を続ける魔王軍、最強たる魔神の男は最前線で聖剣を振るい、神を滅ぼし、そして死んだ。

それは一瞬の出来事だった。

神の人柱たる戦神の真核の尽くを灰燼に返し荒野へと降り立ったその時、一瞬視界に映った銀色が揺れ、気がついたときには死んでいた。


男は不死者であった。

女神に呪われ、神に嫌われ、最も重い罰たる不死の呪いが魂にこびりついた呪われし命。

そんな彼は数週間後に目を覚まし、両眼を見開き、声高らかに笑った。

腹の底から笑い、口角を上げた男は己の視界の狭さに軽蔑すら覚え、世界の広さに感嘆した。

後に勇者と呼ばれる存在と知り全力を尽くし殺し合い、潰し合い、幾度となく殺されて尚成長し数万回の敗北とたった一度の引き分けを終え心の底から充足して、物言えぬ何処かへとゆっくりと沈んでいった。


分かり易い物語であり、まるで他人の人生を端から眺めているような、そんな不思議な気分で夢は終わる。


青年は目を擦り、両腕を勢い良く頭上に伸ばして肺の底から息を漏らし欠伸を零す。


夢は夢だと、青年は思った。

記憶の中から、視界に入ったものを紡ぎパッチワークを作り上げたものが夢。

行った事のある感じがする場所にいたり、会った事のあるような誰かに出会ったり。


ただこの夢は特別かも知れないと思った。

なんせよく見る、それは相違点だ。

夢は基本的に一度きりで記憶に残らない、だがこの夢だけはシャツに落としたトマト汚れのように決して拭えず記憶にのこる。


そんな独特の感傷に浸ってくだらないと思い、学校に行かなければいけない事実に潰れそうになる。


脱ぎ散らかった制服を拾い上げ、適当に着衣しスマホに刺さった充電コードを引き抜いて。

倦怠感をぶら下げてドアを開いて洗面所へ。


「(怠い......あの夢見るたびに身体中が痛くなる......)」


愚痴をこぼしながらヨロヨロと頼りない肢体を動かし洗面所に入り蛇口をぐるっと。


「寒っ.......」


異様に水が冷たい、だがほどよく目が覚める。

顔に水をかけ洗うと顔中の神経が凍ってしまうかのように思えた。

青年は顔を制服の袖で拭ってふと鏡を見れば、死んだ魚の目をした老人の姿があった。

未だに寝ぼけている、そう理解すると同時に目に水が入り両眼を閉じる。


また見開けば鏡には死んだ魚の目をした青年の顔があった。

美少年とも言えない微妙な顔立ちにボサボサの黒髪、生気を感じさせない死んだ魚の目と見間違うほどの両眼。

はくっしょんとくしゃみが鼻から飛び出て鼻水が垂れた。

寒い。




ーー




電車に揺られて体も揺れて。

窓から見える風景が川のように流れ風景が変わって行く。

青年は若干混んでいる通勤時間の電車で幸運にも椅子に座ることができた。

一つ一つのくだらないことに無宗教だが神様がいたら粋なことをするなといい加減にほくそ笑む。

イヤフォンを両耳に突っ込んでスマホを開いて、曲の再生ボタンへと指を伸ばすが見知った男の自慢のスニーカーが目に入り、見上げてみれば『第二次世界大戦の真実』と書かれた本を持った男がいた。


「なー、誠、昨日勧めたラノベ読んだか?」


「昨日疲れたから寝た。タイトルが長くて忘れた、以上」


青年ーー誠は本当は昨日暇で、気怠さに負けてスマホを開いて、気がついたときには睡魔に襲われ眠ってしまっていた。

そんな青年の目の下の隈を見てニヤニヤと口角を上げる。


「もしかしてまたあの夢か?いややっぱりお前も毒されてきてるな、良い兆候だ」


「アニメにか?」


「サブカルにだ。あれだろ?あの例の夢だろう?正夢か何かだったりしてな、中二病君よ」


「案外中二病なのかもな、俺は真面目に親友だからこそお前に相談したのになー」


誠は定期的に見るこの夢をふとしたときに親友である彼、大鯛に相談したのだ。

揶揄うように笑うのを見て間違いだったなと誠は心の中で悪態をついた。


「なんだ?もっと考えてもらいたいのか?ならフロイト的に解釈すればお前が見ている夢は銀髪美少女と付き合ってエロいことをしたいってことだな」


「フロイト的解釈とかいう完全性的解釈やめろ。そんなこと言ったらお前が見る夢だって全部エロだ、エッチだ」


「そうさ俺は紳士だ」


「変態の?」


「いや、紳士だ」


そうかそうかと誠は頷き、彼が持つ『第二次世界大戦の真実』と書かれた単行本のカバーの下、隠しきれていないラノベの表紙が視界に入り鼻で笑った。


隠蔽工作としては中々上等なものだと誠は思った。

タイトルからして歴史を勉強する勤勉な学生に見えるだろうが実際は真逆。

電車の中や公共機関において視線を気にした大鯛がお絵かきアプリで三分で描いたそれっぽい表紙を印刷、ラノベに被せることで偽装。

あら不思議オネショタ物のR15スレスレのラノベ表紙が歴史書へと早変わり。


ふと思い誠は零す。


「夢ってなんだろうな」


「夢は夢だろ?特に意味もなければ禿筆すべきものではないし、強いて言うならラノベで使われる前世の記憶の復活とか、そういうのによく使われる」


「ふーん」


「興味なさそうだな」


「いや今現在進行形で中二病なのかどうかを冷静に考察してたところだ。案外中二病なのかもな」


銀髪の少女と殺し合って最高に楽しかったと心の底から思ってしまっている。

夢の中での出来事でしか無いがそれでも本当に楽しかった、とても心が満たされた。

青年はやはり中二病になってしまったのかと自信を哀れむが、大鯛はやけに優しい顔を浮かべて笑った。


「ほう、ラノベを書こうと思いたったらアナログの端末に記録を残すのはやめておけ。特にノートとかな、そういうのは扱いに困る。だからデジタルに留めておくと良い、黒歴史の処理も初期化で一瞬でできる」


「ふむやけに詳しいな」


「妹に黒歴史ノートを保管されて交渉材料に使われたく無いだろう?」


経験者は語る。


「同情するわ、なんだかかわいそうになってきたから哀れむだけはしてやるよ」


「同情するなら愛をくれ。彼女欲しいんだよなー」


「二次元から十分愛をもらってるだろ?それにお前重婚してるじゃんか」


「いやそれでも良いんだが男としてリアルでも異性からモテたいと思うだろ?」


「何が良いのかね?」


「そういうもんなんだよ」


「ふーん」


欠伸を噛み殺すと同時に高校のある久里浜駅のアナウンスが車内に響いた。

スマホを鞄に押し込み、イヤフォンを適当にしまって立ち上がった。









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