もしも世界が終わるなら

@Kitune13

第1話ー剣を振ったらなんか世界が壊れた()

空間を超越するほどの剣技。

空を切り裂き物理法則すら凌駕する剣戟は思考の速度を超え音を置き去りにする数万の一撃・・が一箇所に重なり、マイクロミリ単位で切り刻んだ。

細胞すら断ち切る一撃、攻撃にやっと追いついた雷鳴の様な爆音が地平線の奥まで響き、空間を震わせる。

最早神の域に到達したそれは剣を持ってして魔術を超え、人の枠を完全に逸脱してのけた。

黒装束の男ーー重装甲の神鉄オリハルコンの鎧に身を包んだその身は完全に塵以下の大きさに消し去られ、その身に積もる不死の呪いですら切り刻まれた。


完全に死んだと、男は思った。

目の前の女は完全に化け物だ、剣の神と謳われた戦神すら上回るほどの速度の攻撃ーーそれはもう魔神へと至った男の身体の双眼ですら捉えられなかった。

切り刻まれた事すら自覚できぬほどの一撃、そう一撃。

数万回一度に、一瞬で、同時に剣を振るう事で発生する論理破綻。

不死の呪いである古代魔法すら越えて魂と肉体をとを消し去るほどの一撃。


男の目の前の女は齢十五歳の少女であった。

未だに恋すら知らぬうら若き乙女でありながら、三歳の頃から剣を振り続けただひたすら己が望む最良の一閃を求め、ただひたすら剣となることを望んだ少女。

生来の才能、ただひたすら望む結果を得るための過程を苦と思わない性格。

剣を握るために生まれ剣を振るうために生まれた少女。


そんな少女は十五歳で神を超えた一撃に至り、そして男ーー魔神を打ち滅ぼすに至った。

人間でいて尚、神を超え、なんの加護も無く神の寵愛も無くして未来後世誰一人とすら至れないであろう神域へと至った少女は身の丈に合わぬ二メートル程の大剣をその手から落とした。


独特の剣だった。

数多の色の破片が淡い空色に繋がれたパッチワーク。

それぞれの破片がまるで砕かれた剣を繋ぎ合わせ紡いできたかの様な一振り。

世界ではそれを聖剣と呼んだ。

魔王軍を滅ぼし悪魔を払う少女が使う聖剣、魔を払う最高で最良の兵器。

少女を愛した聖剣鍛治がかつて作り上げた聖剣の全てから心臓たる剣瞳ソウルを引き抜き繋いだ最高峰の一品。


まるで鈴の音のような美しい音を奏でながらゆっくりと淡い光が消えていき静かに一つ一つ、まるで思い出が記憶から欠落してくように破片が地へと落ちて行く。


世界最高峰の一品だった。

世界最強の一振りだった。


過去形へと変わった総称は流れ星のように消え去った。

今の一撃を紡ぎ現実に刻み込み次元を歪めた、人生最後の仕事を終えて眠るように、剣は砕けた。


身体が切り刻まれ、粉微塵へと消えた筈の男は、原型を保ちながら立っていた。

世界が少女の一撃に追いつかなかった、だからこそ思考ができた。


男は満足げな笑顔を浮かべ、心の底から溢れる充足感に酔う。


少女は満足げな顔を浮かべ地に突っ伏した。

男は魔神、神々へと敵対し八大英雄へと喧嘩を売った愚者であり人類の敵。

ここ王都、ほんの数時間前まで王都であった土地は荒野へと変わり生物が存在しない死の土地へとなっていた。

英雄らを殺し人類の八割を死滅させた男を屠った、そんなことはどうでもよく。


一撃、最後に出来た一撃に少女は大変満足であった。

少女はひたすら美しい一撃を求めて剣を振り続け、丁度いい死なない的魔神を追っていただけだ。

国が称賛し吟遊詩人が唄う人類の為の戦士の自覚などなく少女はただひたすら彼女の為に戦い続けていた。

そんなエゴの果てにたどり着いた境地に心の底から満足し、次元を歪ませ、世界を崩壊させた代償として石へと変わって行く体を見て特になにも思わなかった。


だが一つだけ心残りがあった。


「ねぇ、僕の剣技は綺麗だった?」


なんとなく認めて欲しかった、今の今まで自分の剣技をその体で受けてきた男の感想が気になった。

男は忽然とした問いに内心絶望していた。


「どんな宝石よりもーーどんな美女よりも、この世界に存在する全てを超越した美しき剣技であった」


男の体はゆっくりと変質して行った。

身体中が謎の霞に包まれ、割れた次元が間を見開き、ヒビの入ったガラスのように広がっていく。

ヒビの入った世界はゆっくりと滅んでいく。

ガラスに入った小さな亀裂が全てを壊し得るように、世界に刻まれたヒビは音を立て崩壊の音色を奏でていく。

世界が終わり、この次元に存在する全ての生命体が次元の狭間へとーー誰も分からぬ虚無へと落ちていく、そんな終わりの始まり。


「人生で最高の時間だった。貴様はなぜなんの目的のために剣を振るった?」


「知ってるくせに」


純粋な眼で、もう既に双眼が血管が破れ盲目となったその両眼で男の気配がする方向へと視線を向けた。

彼女は孤独だった、ただひたすら剣を思い鍛錬を積み続けた彼女はずっと独りだった。

相手になる人間などいなかったし、一振りすれば剣聖を名乗る老人も、戦神の子らも、誰も彼もが消えてしまった。

けれど男は違った、いくら切り刻もうが決して死なない、決して消えない。

いくら潰そうが切り刻もうが何をしても殺せなかった上幾度となく彼女を嫌う貴族とやらを葬り去ってくれた。


そしてふとしたときに彼女はある物語を姫から聞いた。

それは恋愛物の大衆小説であり、わかりやすい村娘と騎士の恋愛物語であった。

その一文に恋愛というのを形容する文章があった、曰く、恋愛とは決して消えぬ想いだと。


彼女は思った、彼女がいつだって思うのはどうすれば男を殺せるかだと。

つまり彼女は男を愛していると、愛しているならばそれは夫婦だと。

よって男は彼女の夫であり、添い遂げるものだと。

添い遂げるという意味が少女には理解できなかったが、おそらく死ぬまで殺し合うことだと確信した。


きっと恋していると少女が言った時姫は頬を紅潮させ興奮気味にアドバイスという名のお節介を彼女に言った。

愛する相手にはプレゼントを送るといいと。


そしてそのプレゼントがーー


「とっても楽しい時間、プレゼント」


「ああ......最高だった。ただこれで終わりのようだ」


ゆっくりと視界が刻まれていく。

まるで眼球が割れていくように、視界が割れて、世界が割れて、静かに崩壊して行った。

暗闇へと落ちていく中、少女はゆっくりと口を開いて。


「また、遊ぼ?」


まるで童女が友人に問うように。


「ああ、機会があったらな」


崩壊していく身体、崩れ去って行く肉体と魂。

男は最後の言葉を残し、少女は最後に笑って。

ゆっくりと二人を中心にして世界は滅んだ。


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