第10話 二度目の街、初めての街
やがて快速列車は、海が綺麗なことで有名な田舎町の駅に停まった。
この街のどこかに志央の実の父親はいる。引っ越していなければ今もここで再婚相手とその子どもと暮らしているはずだ。
志央が電車から降りると、ほんのり海の潮の匂いがした。
この田舎町は、海水浴場がいくつもあるとニュースアプリで見たことがある。去年、1ヶ所遊泳禁止になった海水浴場があるらしいけどそれ以外の海水浴場は今年も海水浴が楽しめるらしい。
「潮の匂いがするー」
華恋はこの街に来るのは初めてなのかホームから
見える海を見て嬉しそうに言った。
「ここ来たことないの?」
「うん、初めて」
そう答える華恋の横顔は日に当たって眩しかった。
そういえば、志央はまだ華恋が転校前はどこの町に住んでいたのかもしらない。そのうち分かることだろうから聞くつもりはなかったけど志央は自分が知らない彼女の知らない過去が少し気になった。
無人の改札を出ると、志央は無料コミュニケーションアプリを開いてニュースを確認した。
この時間のニュースは、新しく発売したアイスの話題に知らない芸能人の結婚の話題、夏ドラマの視聴率ランキングといった正直どうでもいいニュースばかりがピックアップされていた。不幸なニュースが流れない今日は平和な日になりそうだ。
志央が父親の居場所を探り当てようと、地図アプリを起動すると隣で暇そうに座っていた華恋が膝に顔を埋めたまま言った。
「私、海行きたい」
「なんで」
これ以上、マイペースな彼女に振り回されたくなくて返す。今回こそ喧嘩になってでも自分の意見を通そうと志央は決めていた。
「夏だからに決まってんじゃん」
華恋はニッと笑って言った。
やっぱり華恋は強い。今の志央に彼女は敵わない、とその笑顔を見て思った。
駅の前の道路を挟んだところに海水浴場はあった。
「遊泳禁止」の札はなかったけど、お客さんは自分達以外は誰もおらず大学生っぽい監視員の男の人が暇そうな顔で海を眺めていた。彼の座る監視台にはCDが何枚か積み上げられており、その隣にぽつんと置かれた小さなラジカセから音楽が流れていた。
大学生は、志央達が入ってきたことに気づくと監視台の上からペコリと小さい会釈をしてきた。
どうやら海水浴場のお客さんに会釈をする余裕があるくらい暇らしい。
「今日は誰もいないね」
華恋は呟くように言うと「更衣室ってどこ?」と志央に聞いてきた。
「知らないよ」
「この町知ってるんじゃないの?」
「知ってるって言ってもここに来た訳じゃないから知らないよ」
華恋は小さく「ちぇっ」と呟くと端の方にぽつんと建てられている木造の海の家に向かって歩き出した。
志央は、黙って彼女の後をついて行くと端の方で腰をおろした。
もしここに梅田達がいたら例え華恋のような性格の女子が相手だとしても「女子の着替えを見よう」とか言って盛り上がってそうな気がする。志央は、こういうのには全然興味がないけど梅田達はよく「あの女優が可愛い」とか「あのアイドルと付き合いたい」とか妄想を語ってることが多いし中学生となればそれが普通なんじゃないかと思う。つまり、そういうことに興味を示さない自分がおかしいのだ。
梅田達にも華恋にも隠しているけど、正直志央は中学生になっても「恋愛」や「結婚」は気持ち悪いものだと思っていた。人付き合いが苦手だったり潔癖症だったりする訳じゃないけど、赤の他人と一つ屋根の下で一緒に暮らすなんて疲れそうだとしか思えなかった。
それに「何が」までは分からないけど何となく気持ち悪かった。
暫く志央がぼーっと海を眺めていると、後ろにいた華恋に名前を呼ばれた。振り向くと、華恋はさっきと同じ服装で志央の方を見ていた。
「水着は?」
「多分、昨日売っちゃったみたい」
華恋は舌を出して言った。
「水着も買い取ってくれるんだ」
「うん、前の学校のスクール水着だけど」
あー多分それ処分されてるよ、と言おうとしてやめた。華恋の(恐らく)名前の入っているスクール水着はきっと誰も買わないし買取の対象外だろう。
「じゃあ、もう次の目的地に行こう」
「え?泳がないの?」
「水着ないじゃん」
「そりゃそうだけど」
華恋は暫く名残惜しそうに海を眺めていたが、くるりと向きを変え志央の後に続き歩いて行った。
子ども達は夏を旅する 七瀬優愛 @yua07
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