第2話朝寝坊の甘い話

「これからは私がソウちゃんの『ママ』になって、お世話してあげるから」


 幼馴染の美月みづきに、そう宣言された翌朝になる。

 昨日の夜は、あまり眠られなかった。


「あっ……ヤバイ! 寝坊した! 急がないと!」


 だが母が亡くなった忌引きびき休みも、終わり。

 今日からまた高校に、通わなければいけない。


「朝飯は……よし、これで適当に……」


 ダッシュで制服に着替えつつ、朝飯を食う。

 歯みがきをして、朝の準備はだいたいオーケー。


「よし、いくぞ!」


 最後にガスの元栓と、水と電気の消し忘れを確認、部屋をでる。

 部屋に鍵をかけて、アパートの階段をダッシュで降りていく。


「よし、このまならギリギリ間に合うな!」


 朝の時短のお蔭で、なんとか間に合いそうだ。


「あっ……美月ん家か……」


 家を出て、塀に囲まれた隣の豪邸が目に入る。

 ここは幼馴染である美月の家だ。


(美月……昨日のアレは、いったい……何だったんだろう)


 急にオレの部屋に来て、膝枕を強要。

 そして、あの『ママぁ』宣言。


 しかも、その後は何の説明もなく、膝枕を終了。

 美月は無言で帰っていったのだ。


(きっと、オレをからかいに来たか、冗談だったんだろうな……)


 クールな美月は昔から感情を、あまり表に出してこない。

 何を考えているか分からない存在。


 まぁ、そこが可愛いところなのだが。


(あまり深く考えないようにしよう!)


 とりあえず気にしないことにした。


「あっ! ヤバイ! 遅刻だ!」


 幼馴染のことを考えていたら、時間が経っていた。

 オレはダッシュで学校に向かうのであった。


 ◇


「ふう……ギリギリセーフだったか……」


 何とか朝のホームルームに間に合った。

 息を整えながら、教室に入っていく。


「西村くん」


「へっ?」


 後ろから、いきなり自分の苗字で呼び止められる。

 しかもこの声は。


「み、美月……」


 声をかけてきたのは、幼馴染の美月。

 すごく近い距離に立っていた。


「ど、どうしたの、いきなり……?」


 かなりビックリした。

 思春期以降は校舎内で、この幼馴染に話しかけられたことは、ほとんどない。


 それが、こんな近距離でいたから、ドギマギしてしまう。


「時間ギリギリ?」


「あっ、時間? ちょっと、寝坊しちゃって……あっはは……」


 昨日とは違い、学園での美月の顔は無表示で、声も怖い。

 怒られると思って、笑ってごまかす。


「寝坊か……そう」


「えっ……?」


 だが美月は何も言わず立ち去っていく。

 同じクラスの自分の席に着く。


(いったい……何だったんだ?)


 訳が分からない。

 とにかく先生が来てしまった。

 オレも自分の席に着こう。


「おっす! ソウタ! 元気になったか?」


「あっ、ユウト。ああ、お蔭さんで」


 隣の席から、元気に声をかけてきたのは優斗ゆうと

 こいつは中学の時からの親友。


 オレの母親が亡くなった後も、色々と気を使ってくれた奴だ。


「そういえば、今お前、片倉さんと話してなかった?」


「片倉さん? えーと、朝の挨拶をされただけ」


 美月の苗字は『片倉』。

 学校のほとんどの生徒は、彼女のことを『苗字にさん付け』で呼んでいる。


 彼女が発する独特のクールなオーラ。

 いつの間にか全校生徒が、そう自然と呼ぶ雰囲気になっていたのだ。


「挨拶か……まぁ、あの片倉さんが『男子と仲良くおしゃべり』は、あり得からなー」


「あっはは……そうだな」


 オレが美月と幼馴染なことは、あまり知られていない。

 ちょうど小学校から学区が分かれたいたからだ。


「そこ、静かにしてください」


「「あっ、やべっ!」」


 担任の女性先生に怒られてしまった。

 優斗とのおしゃべりを止めて、オレは自分の席に座る。


(ん?)


 そんな時、誰かの視線に気が付く。


(あれ……美月?)


 なんか今、美月に横目で、見られていたような気がする。

 でも確認するのは、少し恥ずかしい。


 それにオレの勘違いかもしれない。

 気にしないでおこう。


(よし! とりあえず、休んでいた分の勉強を、取り戻さないとな!)


 こうしてオレは授業に集中していく。


 この日、学校では特に何も事件は起きなかった。


 普通に授業を受けて、休み時間は優斗を雑談。


 他のクラスメイトからも、軽く心配はされたが、そこまで深くは話していない。


 そんな中でも美月は、相変わらずクールに過ごしていた。


 ◇


 だが事件は起きる。


 発生したのは翌朝の明け方

 まだオレが熟睡している時。


 場所は自室。

 オレの寝ているベッドだ。


「ソ……ち……おき…………朝…………」


(ん……?)


 熟睡していたオレは、誰かに声をかけられた……ような気がする。


(……オレ……夢を……見ているのかな……?)


 母親が亡くなってから、まだ月日はそれほど経っていない。


 無理に元気を出そうとして、夢を見てしまったのかもしれない。

 もう少し眠っておこう。


「ソウ……ちゃ……おきて…………朝…………よ」


 だが同じ声は続く。


 声は女性のもの。


 しかも若い声で……どこか聞いたことがある。


(これは美月の声に……似ているな……もしかして……夢を見ているのか?)


 まさか、こんな早朝に、幼馴染の声が聞こえる訳はない。


 いくら隣同士だといっても、物理的に限度がある。


 だがその後に夢は……信じられない展開になる。


 ゴソゴソ……。


 オレの寝ていた布団の中に、誰かが入ってきたのだ。


「ソウちゃん……朝よ……起きて……」


 そしてその人物は“美月の声”で、優しくオレの身体を揺らしてきたのだ。


「えっ⁉」


 これは夢じゃない!


 混乱してベッドから落下。

 痛みで目を覚ます。


「だ、誰だ⁉」


 急いで布団をはいで、何が起きたのか確認する。


「み、み、美月?」


「あっ、起きた」


 布団の中に入り込んでいた、本物の美月だった。

 今はオレのベッドの上に、制服姿で寝転んでいる。


 かなり際どい姿勢。


 短めのスカートがまくり上り、真っ白な足と太ももがあらわわに。


 そして、太ももの上の下着が、ギリギリ見えそうで危険な感じ。


 髪の毛も少し乱れ、なんか……すごく、エッチな格好だ。


「ちょ、ちょ、ちょっと……何で、ここに美月が⁉」


 はいだ布団で、急いで美月の下半身を隠す。


 だが全てが理解不能で、声が裏がえる。


「ソウちゃん、昨日、遅刻しそうになった。だから今日は起こしに来た」


「へっ? 布団の中に入り込んで、起こしに……?」


「ウチのママは、そうして起こしてくれたから」


「そ、そうか……そういうことか……」


 まだ寝ぼけている脳で、ようやく理解した。


 そういえば昨日、教室に入る時に美月が聞いてきたことを。


 あと『ママ』は片倉家での、母親の呼び方だったな


「いや、待って! そんなことじゃなくて……なんで、美月、この部屋に入ってこられんだ?」


 これが最大の謎。


 何故なら昨日は寝る前に、ちゃんと施錠せじょうは確認した。

 ガスの元栓と水の確認の後に、二回目の確認もしたはずなのに?


「この合鍵で入った」


「えっー? 何で、美月が、オレん家の、合鍵を?」


「正確には、合鍵じゃなくて、これはマスターキー」


「マ、マスターキー⁉ でも、それって……オレの母さんが……」


 この部屋のマスターキーは、入院していた母親が保管していたはず。


「そう、素子(もとこ)さんから、私が託されたもの」


「母さんが、美月に鍵を渡した? えっ、本当に⁉」


 素子はオレの亡くなった母親。

 ますます混乱してきた。

 何が起きたか理解ができない。


「これ証拠」


「あっ……これは……母さんの字……」


 鍵のキーホルダーには、手書きで名前が書いてあった。


 ――――【片倉 美月 専用】と。


 間違いない……これは母親の字体だ。


 クセのある字だから、オレが見間違える訳はない。


(何で……母さんが、美月に鍵を? いつ? どうして?)


 分からないことばかりで、更に混乱していく。


「ソウちゃん、もう、目が覚めた?」


「う、うん……かなり……」


「よかった。今日は遅刻しないで」


 そう言い残して、美月は部屋から出ていく。

 微かな残り香と共に。


「へっ……?」


 一人残されたオレは、呆然となりながら立ち尽くす。


 何がどうなっていくか頭が追いつかない。


 だが一つだけ分かったこともある。


(も、もしかして、美月は、これからあの鍵を使って、勝手に世話焼きにくるの……かな?)


 オレの母親が何かの理由があって、鍵を彼女に託した。

 無理やりには、取り戻すことは出来ない。


(い、いや嬉しいけど、オレ、気を付けないと……色々……)


 ふと自分の下半身に目をやる。


 混乱が解けて、急に元気にテントを張ってきたムスコがいた。


 こんなモノを大好きな美月に見られたら、人生が終わりだ。


(と、とにかく、部屋を片付けてから、学校に行こう。いつ、美月が来てもいいように……)


 こうして勝手にオレの部屋に入る権利を、片思いの幼馴染は得たのであった。


 ◇


これから俺はいったいどんな毎日になっちゃうんだ⁉

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ずっと片思いしていたクールな幼馴染が、ある日突然『幼馴染ママぁ』になった甘い話 ハーーナ殿下@コミカライズ連載中 @haanadenka

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