第35話『勇者クルスと仲間との真の絆』

 クルスのアリスに対する執着がここまでの物とは思わなかった。

 好きだったならなぜ態度で、行動で、言葉で伝えなかったのか。


 だが親族にまで危害を加えると宣言された以上は殺すしかあるまい。



「来い、クルス」



 まだ勇者になる前のことだ。

 俺はクルスを木剣での模擬試合に付き合うことがあった。

 その時の掛け声がこれだった。


 クルスはどこで狂ったのか。


 神託によって勇者に選定されてからなのか。

 それとも、あの王都での牧歌的な日々のなかで、

 すでにクルスの思考は狂っていたのか。


 俺には分からない。


 もし王都に居たころから狂っていたというのであれば、

 それに気づいてやれなかった俺にも落ち度はある。


 なぜなら、関係のない俺の血縁者まで殺すと宣言したからだ。

 クルスははったりではなく、実際にそれをやりとげるであろう。


 俺の責任の取り方はこれ以上クルスが、

 道を誤らないようにその命を奪うこと。


 クルスが生きているだけで誰かが不幸になる。

 そんな存在を俺は放任することなどできない。


 クルスを止める殺すそれこそが唯一の責務だ。



「死ねぇ!!! 木こり!!!!」



 身の丈ほどある巨大な剣を力任せに振るう。

 確実に命を奪うために振るわれた殺意をまとった一撃。


 音速を超える超速の斬撃。

 それを斧の刃で受け止める。


 音速を超える速さもさることながら一撃が重い

 人間の物とは思えない化け物じみた力。


 どれだけのレベル・アップをしたのか想像も付かない。



「僕はね。分かったんだよ。僕が何故、いままで木こりに勝てなかったってさ」



「…………」



 この強さを得るために何らかの境地に辿り着いたというのか。



「結局は筋肉と、身長だったんだよ。いままでおまえは筋肉と身長いう反則を使って俺に勝っていたわけだ。ならさ、僕がお前よりも大きな体になれば負けるはずないんだよね。答えはとてもシンプルだったよ」



 驚くほどに薄っぺらい解だった。

 だが、その言葉は、はったりではないようだ。


 クルスの全身はメキメキと音をたてながら肥大化する。

 クルスが身に纏っていた荘厳な鎧は内部から破壊され、

 クルスの筋肉の塊の上半身が剥き出しになる。



 上半身があらわになったことで、

 見えるクルスの胸元に埋まった3色の宝石が、

 より一層その異形さを際立てていた。



「ならば、その巨体で俺を倒してみせろ」



「ははっ! 言われるまでもないねぇ。それじゃあ、僕の得意な二刀流でお相手させてもらおうかなぁ。木こりがどこまで耐えられるか見ものだ」



 クルスは巨大な剣を二刀流で構える。

 ツヴァイハンダー《両手持ち専用剣》と呼ばれる長大な剣、

 それを軽々と片手で持ち、更に高速で連撃を繰り出す。



 確かに速くて重い。

 だが、巨大化した体に慣れていないせいか目で追えない程ではない。



「ふーん。なかなかやるじゃん。木こりぃ。僕がこの巨体に慣れていないから、僕に多少のハンデがあるとはいえさ。お前さぁ、自慢の筋肉と身長を僕に抜かれてどういう気持? 唯一勝っている部分すら僕に負けて恥ずかしくない? ねぇ?」



「――醜い」



 その姿が、そして、それ以上に心のありようが。



 俺は斧で横一文字に切り結ぶ。


 クルスの右腕が空中に吹き飛ぶが、

 次の瞬間には切断面からズルリと新たな腕が生えていた。



「ははっ! 凄いだろ! 驚いたか!? これが僕が新たに手に入れた仲間との真の絆の力だ。絶対に裏切られない、完璧で完全な仲間との絆だ」



「……何を言っている。お前は一人でここに居るのではないのか?」



 クルスと問答をしあう価値などはない。

 だが、なぜだかそれは聞いておかなければいけない気がしたのだ。

 クルスの醜悪で嗜虐敵な笑みがそれを確信させる。



「僕の仲間達はね、けれど、最終的には自主的に僕に自分の命を捧げてくれたんだ。姫騎士エリアルの超剣技、エルフの族長の娘リーファの超治癒能力、英雄の娘フレイヤの超身体能力。その全ての能力――絆が、僕と一つになっている。完成されたオール・フォー・ワン絶対不滅の仲間との絆だ!」



 クルスは両手を天に掲げ、恍惚とした表情でそう言い切った。

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