第36話『勇者クルスの辞世の言葉』
「お前は――生きていてはいけない存在だ、クルス」
「ふへっ! お前を殺したら、僕のアリスも僕の仲間たちと同じように体のなかに取り込んでやるよ。そうすれば、アリスと俺は死ぬまでずーっと一緒だ。お前のような間男に浮気されることもない……永遠の愛だ。やっと、アリス僕は君を幸せにしてあげられる」
クルスはニコッと歯茎を剥き出しで、
純粋な笑顔でアリスの瞳を見つめていた。
信じがたいことにアリスに恐怖を与えるためでなく、
アリスが純粋に喜ぶと思っての行為のようだ。
アリスはそのクルスの狂気じみた顔を見て恐怖で筋肉が強張る。
3色の宝石を見て、この狂人と一生一緒に生きる拷問を想像してしまったのだ。
「もう良い、クルス。お前は何も喋るな」
斧を大ぶりに振るいクルスの頭部を斧で吹き飛ばす。
頭部の上半分が吹き飛んでいるのに、
口元だけは醜悪な笑みを浮かべている。
そして、破壊された頭部も即時に再生する。
かつて決闘の際に、切断された片腕が一瞬で復元したのを見たことがある。
この驚異的な治癒能力はきっとリーファという少女の能力。
(頭部さえ破壊すればと思ったが、甘かったか)
俺は蹴り倒し、クルスに馬乗りになり、
左右の拳でただひたすらにクルスを殴り付ける。
「はは。子供の喧嘩みたいに馬乗りになって殴れば僕に勝てると思ったか? 甘いんだよ。僕の治癒能力は無限だ。痛みだって僕の仲間が肩代わりしているからね。それよりも、僕を殴っているキミの拳が持つかの方が心配だなぁ。あははっ!」
俺はひとしきりクルスの顔面を殴った後に、
クルスの胸元にある3つの宝石を指さす。
「一つ質問だ。お前のこの胸に埋め込まれた宝石は何だ?」
「っ……!! おい、おまえ……それは……やめろぉお!!!」
クルスの胸元には赤、緑、黄の宝石が埋め込まれていた。
想像はしたくなかった。
だが、
クルスの発言から想像する。
俺の推測が正しければ……。
予想が外れて欲しいとこんなに願ったのは始めてだ。
俺はクルスの胸に手刀を突き立て、
まずは緑色の宝石を剥ぎ取る。
胸元に埋め込まれた宝石は、
クルスの神経ごと接続されていた。
「やめろおっ!!! お前は……アリスを僕から略奪するだけでなく……今度は、僕から仲間との絆まで盗み取るのか!! 僕のアリスを
クルスがどんな外法を使ったのかは知らないし興味もない。
だが、これが彼女たちの末路だと言うのであればあまりにも悲しすぎる。
正義の心を胸に秘め、それぞれの国の威信を背負い旅立った彼女たちの、
旅の終着点がこんな形で終わらせられるとは……。
俺は、人間に対するこれ以上の冒涜は知らない。
クルスと共に闘ってきた仲間をこんな石に変え、
自分の体に埋め込み死後も物のように扱う。
それはもう人間の行いではない。
これ以上こいつを生かしておくわけにはいかない。
俺は緑色の宝石を抜き取った効果の確認のために、
クルスの右手首を掴みその親指をへし折る。
「あああっ!!! 死ぬっ!! 本当に……痛い!!! この痛さは耐えられる痛さじゃない……なぜ魔王を倒す正義の勇者である、この僕が……こんな酷い仕打ちを受ける。木こりぃ! お前は指が折られるとどんなに痛いのか知っているのか!!!」
指が折れた時の痛みは幼少期に経験済みだ。
確かに激痛だが、子供のころの俺ですら歯を食いしばって耐えられた程度だ。
クルスの指は治癒しない。おそらくあの緑色の宝石が……。あの少女の。
俺は次に手刀を胸に突き立て、
胸元の神経に接続されている赤色の宝石を抜き取る。
おかしいとは思っていたのだ。
今日のクルスは言動こそ下劣極まるが、たった一人で勇敢に俺に挑みにきた。
更に、何度斬りつけても耐えきるそのタフネス。
もっと早くにこの男にはそんな芸当が不可能であると気づくべきであった。
クルスの右手を鷲掴みにし、グチャリとそのまま握り潰す。
クルスの右手は良くわからない団子のような形に変形していた。
「あんぎゃああっ! ちょっと待って、本当に痛い。僕が悪かった。許して、許してくれ! 話せば分かる、冷静に話し合おう。木こり……いや、ブルーノさん」
「…………」
「僕は……ちょっとだけ、強くなって調子に乗っただけんなだ。ほらさぁ、僕たち、王都で幼い頃から一緒だった親友じゃないかぁ。ねぇ? アリスを寝取って
「俺は不寛容だ。お前を許さない」
俺は、クルスの胸元に手刀を突き立て、
残された最後の黄色の宝石を神経ごとクルスから抜き取る。
そして、俺はクルスの左手を握りつぶす。
宝石から供給されていた超常的な力と、
痛覚遮断が途切れたからだ。
「おん、ぎゃああっ!!! なんじぇ?! 僕、魔王を倒しにきただけなのに。僕は世界のために闘ってきたのになんじぇ、こんな酷い目に!!! 痛いし辛すぎる」
「…………」
「しょっ……しょうだ、僕、偉い勇者なんでしゅ。特別にブルーノ様には、教会の
クルスが媚びへつらうような顔で懇願する。
潰れて肉塊になった左右の手を擦り合わせて媚びへつらう。
その矜持のない卑屈なクルスの顔に神経を逆なでされる。
俺は力任せに右腕の関節をへし折った。
腕から骨が突き出ている
「ふんぎゃあああああっ!!!! ごの木ごりぃ!!! ぶっ殺じゅッ!!!」
「お前の罪は重過ぎて法で裁くことなどできない。更生も不可能だ。どんな聖人が何を言ってもお前の心には届かないだろう。あとは、お前が死後に行く地獄の亡者に裁いてもらうしかあるまい」
「なんでら……なんで、僕はお前に勝てない……らんで、俺には本当に欲しいものが手に入らない……勇者になったのに、なぜ届かない……」
「…………」
「はは……分かった……周りが無能だからだ。王都の連中も、教会の連中も、仲間も、周りの人間が無能だからだ。だから、いつも僕だけが損する、奪われる」
俺はクルスにこの世に残す最後の言葉を許した。
その声が、仲間への謝罪、アリスへの謝罪であれば、
地獄の亡者も少しは減刑しようとしてくれるかもしれない。
最後のチャンスだ。
「クルス。この世に残す辞世の言葉はあるか」
俺は斧を両手に持ち大上段に構える。
いつの間にか空から雨が振り始めていた。
「人殺し!! 僕のアリスを寝取って、
「貴様の辞世の言葉は聞きとげた。死後、俺に会えることを祈りながら、死ね」
俺は最後の瞬間にクルスが己の過ちに気づくのではと淡い期待をした。
邪悪な人間にも少しは人間らしい感情が残されているのではと。
だがその希望は打ち砕かれた。
この世の中にはまったく理解できない人間もいるのだ。
幼き日の三人で遊んだあの時のクルスの心は、
きっと……とっくの昔に死んでいた。
だから目の前の惨めに蠢く死人を本来あるべき場所に還すため、
斧を振り下ろしクルスの首を
クルスはその最後の瞬間までクルスであった。
あとは、地獄というものが本当にあるのであれば、
そちらの沙汰に任せるしかない。
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