第34話『魔王ブルーノと勇者クルス』

 溶解した地面をまるで赤いカーペットの上を、

 優雅に歩きながら近づいてくる勇者クルス。


 クルスの前に立ちふさがる俺を目の前に、

 不敵な笑みを浮かべる。



「久しぶりだなぁ、木こりぃ。僕はねぇ。キミのような暇人と違って忙しいんだよ。そこに突っ立って居られると邪魔だからいまはどこかに行っていってくれるかな。木を切っているだけのキミと違って、魔王を倒さなきゃいけない使命があるからね」



「あいにくだな。俺がその魔王だ」



 今日、一日限りの期限付きであるが今日だけは俺が魔王だ。

 正式に書面の上でもそういう事になっている。


 教会の目的が魔王を倒すということであれば、

 俺を殺さなければならないということだ。


 魔王も四天王も残念ながら、

 一度遺跡で剣を交えた頃のクルスにすら勝てない。

 だからいまはこの場を離れてもらっている。


 今ここにいるのは、ことの始まりの三人。

 アリスと俺と勇者クルスだけだ。


 ましてやあの頃よりさらに強くなったクルスには勝てない。

 だから俺がこいつの相手をする。



「ふーん。どうでもいいや。どーせ、お前も殺そうと思っていたから手間が省けてちょうどいいや。正直僕にとっては、僕の大切な物を盗んだコソ泥の木こりの方が、魔王なんかよりもよほど憎いからね。今日はなんていい日なんだ。木こりと魔王を殺せて一石二鳥だ。はははっ!!」



「そうか、それは良かったな」



「なぁに強がってんだ、木こり。お前は僕に死刑宣告をされているんだぞ?」



 クルスが剣を振るうと斬撃が放たれる。

 俺はその斬撃を同じように斧で斬撃を放ち相殺する。



「はぁ? 木こりのお前がなんで僕と同じことが出来るんだよ?」



「アリスを守るためにお前のような小者ではなく、教会の真の黒幕である枢機卿カーディナルすら倒す力を得るために鍛えた。操り人形のお前のことなどどうでも良い」



「へは、ふはひははっ! お前さぁ脳みそにまで、木ぃ詰まっているんじゃない?」



「何がおかしい」



「平民である木こりが教会のお偉いさんを殺すとか犯罪だろ? いくら教養がないからって、その程度の法律とか知らないとはなぁ。これだから無識で教養のない、愚かな木こりはいやなんだよ。犯罪者!」



「無論、罪を背負う覚悟はできている」



「あのさぁ。そもそも、お前の目的って絶対に達成不可能なんだよね」



「――俺ごときでは教会を打倒できない。そう言いたいのか?」



「本当にお前は、頭木こりだなぁ。枢機卿カーディナルとかいう無能なボケ老人は邪魔だったから僕が殺したよ。あいつウザかったんだよねぇ。なーんか、難しい言葉を知っているのがよほど自慢だったみたいでさぁ……会議とかでも僕の知らない言葉をペチャクチャ喋って僕を何度も苛つかせたんだよ。だからさぁ……ボケ老人にちょっとだけ早めに天寿を全うしてもらったんだよ」



「お前が――まさか、教会の最高職位を殺したと言うのか?」



「はぁ? なに無能な老人を殺したくらいで驚いているんだよ。ああいう会議ばっかりして遊んでいる生産性のない無能な老人はさっさと殺した方が世のため人のためだ。それにさぁ、ぶっちゃけ、あんなゴミが死んでも僕には関係ねーし」



「外道であれ、枢機卿カーディナルはお前を勇者に選定した恩義のある者だと思っていたのだが、どうやら俺の完全なる思い違いだったようだな」



枢機卿カーディナルは偉そうに振る舞うのが得意なだけのただのボケ老人だよ。それにアイツに恩義なんてねーよ。誰が選んでも勇者に最も相応しいのは僕になるのは決まっているだろ。仮にアイツが居なくても僕は勇者になっていたさ」



「…………」



「それにさぁ。人手が足りないっていうなら、金があるんだから、別の老人を雇えばいいだけじゃん。無識で教養のないお前には分からないと思うんだけど勇者ってさぁ、枢機卿カーディナルより偉いんだよね。だから活かすも殺すも僕の気分次第なんだよ」



「そうか、悪い冗談だと思ったが。自業自得とは言え、よもや枢機卿カーディナルも悪行三昧のツケをこんな男に支払わされるとは思わなかっただろう」



「どーでもいいんだよ。そんなボケ老人のことはさぁ。少し天寿を全うするのを早めてあげただけだ。むしろ老衰で苦しまず死ねたことを感謝して欲しいくらいだ」



「…………」



「そーんなことよりさ、さっさと僕のアリスを返せよ。コソ泥野郎。僕がお前の昔なじみだからって、いつまでも寛大な心を持っているとは限らないんだよ?」



「お前のアリスでは無い。アリスは俺の女だ」



「はぁ? 無理やり連れ去っただけだろ。木こりお得意の暴力と、脅しでさぁ?」



「これ以上、ブルーノを侮辱するのは許さないからっ! 私はあなたの物ではないわ。ブルーノと私はすでに結ばれているのよ。全く関係のない、あなたの入り込む余地なんてどこにもないんだからっ!!」



 クルスの暴言に我慢できずにアリスが聖剣を構えクルスの前に立つ。

 もちろん、アリスがクルスと剣を交えれば一太刀のもとに殺される。

 それを覚悟の上で、決死の勇気を出して言いたかったのだろう。



「はあぁ?! アリス、お前気が触れたか? お前は一体、何を言っているんだ?」



「あなたは曖昧な言葉が理解できないようだから、はっきり言うわ。私はあなたの物なんかじゃない――ブルーノの物よ。もちろん、ブルーノはあなたとは違って私をモノ扱いなんてしないけどねっ!」



「おいおいおいおいおい!!?? まさかまさかまさか……お前、ブルーノ! 誘拐しただけじゃなく、アリスを寝取りやがったのか!? 血が繋がっていないとはいえ、同じ屋根の下で暮らした兄弟同士だぞ!? なんて……おぞましい……この、異常者め!!! 悪魔に魅入られた邪教徒!!! よくも僕のアリスを汚したな!!」



 まだそこまで深い関係にはなれていなのだが、

 勝手に勘違いしているようだ。

 だが、勘違いは好都合だ。



「寝取った? いいや違うな。めとった。アリスは俺の妻だ」



 これは、はったりではない。事実である。

 俺はアリスと結婚している。



「はぁああああああっ!!!?? おまえ……寝取ったのみならず……?まさかまさかまさか……めとった、と言うのか?……殺す! お前は、僕が死ぬまで拷問し続けたあとに殺す!! お前の親も、親戚も、汚れた血筋の縁者は全員皆殺しにしてやる!!!! 木こりは皆殺しだぁあああっ!!!」



 勇者クルスは狂犬のように歯茎を剥き出しにし、吼えた。

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