第33話『陽光を喰らう深淵なる闇』
魔王は結界の後ろに立ち現状を把握していた。
魔王のそばに居るのはブルーノとアリス、
そして四天王の"影"と"炎鬼"。
結界を破られ陽光をまともに喰らえば、
いかに個として最強の彼らにも抗う術はない。
それは太陽を相手に剣で戦うのに等しい行い。
だがその場に立つ誰もがこの絶望的な状況の中で、
誰一人として弱音を吐くものはいなかった。
「あの光をねじ伏せる策はあるか」
ブルーノは結界に阻まれている白光を見つめる。
本来は目が潰れる光だ。
この結界によって妨げられているが、それでも眩しい。
この光の本当の輝きを知ったときはブルーノは生きていない。
「ある。この国の持つ全ての機能を限界まで使う」
「さすが魔王だな。あの光をなんとかしてくれれば、後は俺が片付ける」
魔王とブルーノ、そしてアリスは目の前の結界を見つめる。
ガラスのような結界がところどころひび割れ、
いまにも決壊しそうなほどになっている。
目の前に迫りくる光の光量が増した。
だが、この光から目を背けることはできない。
白い光は森を焼き尽くし次の瞬間には灰に変えるような異常な熱だ。
陽光砲の通った直線上の大地はドロドロに溶け、
まるでマグマのようになっている。
目の前に迫りくる白光は太陽の光と同じ単純な光。
だが、単純な熱による攻撃とはいってもこれだけの熱量である。
それは小さな太陽と戦うのと同じである。
陽光砲から放たれる白光は止むこと無く、
延々と放たれ続ける。
「くっ、結界ももたんな……」
「この光、いかがしたもかの」
魔王は永劫に近い時間を生きている中で、
数多くの局地戦の経験を体験している。
だが、無数の過去の記憶を遡っても、
太陽と戦う方法は見当たらなかった。
だが、それで諦める魔王ではない。
「"影"よ、結界を国全体を覆うドーム型から、複層式の結界に形状変化させるのじゃ。このままでは、この結界はあと数刻のうちに破壊される。おぬしの別の"影"に至急対応するように伝えるのじゃ」
「御意に」
魔王は四人で一人、四つ子の四天王"影"に指示を出す。
現在四天王の"影"は、この魔王を護衛する影以外は要所に配置されている。
一人は魔導プラント、一人は結界操作室、一人は森の中。
この四つ子の間では距離を通さずに情報の伝達が可能であるため、
ゆえに、魔王が出した指示は離れた距離にいる残りの3人にも伝わる。
「結界操作室の"影"から返答有り報告します、『御意に。結界の形状を変更をさせるような運用ははじめてですが、必ずしや成功させてみせましょう』とのことです」
「うむ。頼んだぞ、"影"よ」
「次に、魔導プラントの"影"に伝えよ。魔導プラントで生成される全魔力を結界にまわすのじゃ。この国が機能しなくなっても一向に構わぬ。定格の80%稼働から、150%へと変えるのじゃ」
「魔力炉が溶け魔導プラントが機能しなくなりますが宜しいですか?」
「構わぬ。魔導プラントが使えなくなろうが構わぬ。明日という日を迎えるためには、まずはあの光をなんとかせねばならぬ」
「御意に。その旨、伝えましょう」
魔王が発した言葉は"影"を通じて即座に実行される。
魔王の統治する魔導法国最大の守りである結界を、
目の前の陽光という一点の目的のために集中。
ドーム状から複層式の板状の結界への形状変化も成功。
都市全体に供給されていた魔導プラントの魔力は、
結界の強化にのみに用いられる。
「どうやら、ギリギリ間に合ったようじゃな……」
第一層目の結界が砕け散った。
ドーム状から多層式への移行がもう少し遅ければ、
白光がこの国を蹂躙することになっていただろう。
一層目の結界はまるでガラスのように、
バリバリと砕け散り……魔力へと還元され消滅する。
「あと9層なのじゃ。この白光を耐えきれるかがこの国が朝日が拝めるかどうかの分水嶺……魔導プラントの魔力炉もこの負荷になんとか耐えてくれ……」
過去の闘いにおいても直接的な攻撃により結界が砕かれた事はない。
だが魔王はもちろんそれで油断をすることはなかった。
教会が大軍勢で攻め入るということは何らかの方法で結界を
破壊する方法があるのであろうということは推察することができた。
だから、国内に入られたときにゲリラ戦になることを想定して、
魔王、ブルーノ、四天王という最大戦力を結界のすぐ後ろに待機し、
一歩でも国を跨いだら、躊躇なく広範囲魔法で殲滅する予定だった。
(じゃがまさか……結界を壊す方法が単純な破壊力でゴリ押しだとは想定外じゃった……。あの光の通る軌道上に多くの教会の軍勢が居たのにも関わらず、このタイミングであの砲を放つとは……。
教会の知略に長けた
考えられうるあらゆる事態を想定していたにも関わらず、
(己の頭蓋のなかで思い描いた想定とは全く異なる事態が待ち受け、刻々とリアルタイムで戦況が変化していく。これが……戦争という奴なのじゃな。……記憶を読み解くのと、実際の肌身で感じるものは全く別物ということじゃな)
結界は適切に魔力を絶やさず供給していさえいれば、
破壊されることのない最強の守りの盾になりうる。
事実、10層の1枚1枚が魔法使い千人が束になっても、
作れないレベルの超強力な魔力による防御壁。
魔法攻撃とも異なる真っ白な光のエネルギーによる攻撃は、
一枚ずつ魔力によって築いた壁を破壊していく。
「――結界よ。あともう少しだけ耐えるのじゃ」
結界の前に立つ人影が一つ。
四天王の一人、隠者である。
「ごめん、魔王ちゃん。遅くなったにへ」
「おぬしは"隠者"か……構わぬ。この場に来たということは、何らかの策があるということなのだろう。思う存分、己が力を示せ」
「任せるにへっ!」
大見得切って言ってはみたもののこの"隠者"も確信は無かった。
ただ自分の命を燃料として使い切れば、
僅かばかりの可能性があるかもしれない、
そう思いこの場に来たのだ。
普段は魔王にも魔王城にも近寄らず一人で研究を行うのみであり、
何らかの成果をあげたという事例はない。
"隠者"の名の通り引き篭もり魔術の研究するだけの存在。
太古の昔にアーティファクトを有していた旧人類は滅び去り、
かわって、魔法を使う新人類がこの世界を支配した。
"隠者"が探究するのは"原初の魔法"。
"原初の魔法"は無詠唱が基本の現代魔法とは一線を画する。
長い詠唱を必要とし実用性に乏しいということから、
廃れていった魔法である。
事実として詠唱を必要とする"原初の魔法"は、
発動することができ、感覚的に使うことができる、
無詠唱の"現代魔法"と比較すると、
発動までの時間が長く汎用性にも乏しい。
また最大の問題は、"原初の魔法"を発動するためには、
膨大な魔術に対する知識と理解が必要なことだ。
この魔術を分析し解体し理解しようという試みは、
いうほど簡単な事ではない。
過去の歴史においても彼女のように魔法の真理を、
追究し魔術の理屈を解明しようと試みた者は大勢いた。
だがその全てが研究の途中に発狂し、廃人となった。
"原初の魔法"を理解しようという試みは、
つまりはそういうことだ。
詠唱式の魔法は、術式を発動するために、
まずは術式の真の意味を理解がある。
感覚ではなく構造を理解しないと使えない。
この世界でこの時代において使えるのは、
ただ一人、四天王の"隠者"だけだ。
無詠唱の現代魔法は、自身の体内の生命力を魔力に変換し、
その魔力の塊を
イメージによって形造ることで発動させるものだ。
感覚的に使えるため、平民ですら使えるほどに普及した。
一方で詠唱が必要な"原初の魔法"の発動には多くのものが要求される。
まずは、術式の真の意味での完全な理解。
次に、魔法を顕現させるための触媒となる魔導書やタリスマン。
"原初の魔法"は自身の生命力を魔力に変換させた物を相手に
ぶつけるというものではない。
魔導書などの触媒を介して、自分の魂を供物として捧げることで、
外界に存在する
一言で言うならば"命を代償にして魔法を召喚する"行為に近い。
そのような危険なものが普及するはずもなかった。
だから、この世界でも"隠者"ただ一人を残して、
消え去る運命だった魔法である。
――だが、それでもやはり"原初の魔法"への探究は必要であった。
アーティファクトに対抗できる旧人類が真に恐れた、
魔法が"隠者"によって再現される。
これは、旧人類の終焉の日の小規模な再現と言っても良いかもしれない。
「本の虫のボクなんかが……必要となる事態がくるとは、人生というのは全くわからないものにへ。本当は、ボクはこういう面倒事には関わりたくないたちなんだけど、この国が燃やされれば、ボクの築いた研究も、魔法の真理に至るための道も全てが閉ざされる。そういうわけにはいかそうにへねぇ」
眠そうな顔の少女はおもむろに魔導書を開く。
「いまからはじめるにへ。死にたく無ければ、距離を取ることを進めるにへ」
隠者は魔導書を片手に詠唱を開始する。
魔導書はあくまでも"魔導書の原典"に至るための触媒であり、
それを読み上げるわけではない。
「
***************
闇夜に蠢く昏き叡智よ
全ての生を怨嗟する者よ
我は其の名を口にする事許されず
ただ其の影を知るもの也
我が命を喰らいて咲け
****************
"隠者"が詠唱を終えると
闇とも黒とも異なる
この闇は意志を持った闇。
その魔法の外観はただの黒い球体に過ぎないにも関わらず、
その球体が生と光を憎悪している事が、
魔力適正のないブルーノにすら分かった。
――否。ブルーノが理解できたのは、
本能的な上位者への畏怖による物かも知れない。
その暗黒の球体は知性こそ持たないが常に飢えている。
一度召喚されれば光を、生を貪り喰らう。
深淵の名を関する禁呪。
魔法というよりは召喚に近いかもしれない。
「はぁ……なんとか、成功したにへぇ。あとは頼んだよ、
陽光砲は10枚目の結界を破壊した。
10枚目の壁に待ち受けるのは
まるで意志のある肉食獣のように、深淵は陽光を覆い尽くす。
そして、光を、熱量をまるで地獄の餓鬼のように貪り喰らう。
客観的な光景としては陽光が黒い球体に吸い込まれているだけなのだが、
ブルーノの感覚的には肉食獣が獲物を捕食しているように見えていた。
そして、ブルーノのその直感はそう間違ったものではない。
「はぁ……にへ……。
「ならば俺の生命力を使え」
ブルーノが隠者に向かって言い放つ。
「キミ、泣かせるね……ボクと心中してくれるっていう訳にへ?」
「アリスの前で、俺は死なない。殺す気で生命力を奪い取れ」
ブルーノはアリスを見つめそういい切る。
彼の隣に、ただ一緒にいてくれるだけの少女。
だが、それこそがブルーノに無尽蔵の力をもたらす。
それは心を燃やす意志の力。
彼が決意を持って発した言葉は重みを持つ。
「……分かったにへ。彼女さんも、死んでもボクを恨まないでね」
「大丈夫よ。ブルーノは死なない。だって、約束したんですもの」
「――アリスとの約束は必ず守る。今の俺は不死身だ」
"隠者"はそのブルーノの言葉に青臭さを感じていた。
生命力を供給するといっても所詮は人一人分。
ブルーノの彼女のアリスという少女には悪いが、
このブルーノという男には心中してもらう事になる。
その厳然たる事実を心の中で侘びていた。
そうでもしないと何もかも守れないからだ。
隠者は小さな声で詠唱を遂げるとブルーノと"隠者"、
二人の間に、魔力経路が繋がる。
「……なに、これ……。キミの生命の器は広すぎて先が見えない。真っ白。ブルーノくん、キミの生命力の底が見えない……にへぇ。キミはどこでこれだけの生命力を……いや、遠慮なくお命頂戴するにへっ!」
ブルーノの生命力を魔力に変換することで、
顕現した
ただ白光を吸い込むだけではなく、禍々しく侵食していく。
「いくにへぇ!! あの光を喰らえ!
隠者のはなった深淵は陽光砲から放たれた
太陽光のエネルギーを完全に食い尽くした。
陽光とブルーノの生命力を貪り食らった
まるで元から存在しなかったかのように消滅する。
「ふぅ。ギリギリだった、にへ。ごめんね、ボクはここでこの闘いからはリタイアさせてもらうよ。ボクの中の生命力はスッカンピンにへ。あとは任せたよ、魔王ちゃん――そして、木こりのブルーノくん」
そういって、"隠者"は意識を失い倒れた。
陽光砲を巡る闘いは勝利した。
――だが、ブルーノはこの局地戦の勝利に安堵しない。
ブルーノが見据えるのは、陽光が通った射線状の先。
マグマのように溶け燃え盛る一直線の道を、
まるで赤いカーペットを優雅に歩く、
金髪の男の姿がそこにはあった。
決着の時は近い。
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