第29話『巨腕の炎鬼との拳と拳の語らい』

 俺は正面から堂々と魔導プラントに入る。

 たった一人での侵入である。

 

 目の前に迫る実行部隊を斧で粉砕し、

 施設の奥へと歩みを進める。


 幸いにして俺の侵入については大騒ぎにはなっていない。

 大騒ぎをされる前に叩き潰しているからだ。


 俺は、四天王の炎鬼えんきと戦うために歩みを進める。



「我は巨腕の炎鬼えんき、陛下を裏切り国を裏切り、いまは何者でもない存在」


 

 四天王の一人であり、単純な暴力という観点では魔王軍でも最強。

 その体は2メートルを軽く超える。

 

 肉体に対する絶対の自信からだろう。

 上半身は裸体をさらけ出している。


 裸体と言っても完全に完成された筋肉の塊は、

 もはや重厚な鎧と変わらないほどの外見である。


 左右にぶらさがる両腕は丸太のように太く、

 その拳はまるでガントレットでも装着しているのかと、

 錯覚するほどに一回り大きかった。



 鋼のような剛体と、異形なまでに肥大化した四肢。

 一切の防具も武具を必要とせず、

 唯一、自分の身一つを信頼する者。

 


「――お前の事情は知っている。いまのお前は侵入者である俺に対して手加減が出来ぬ身なのであろう。ならば、遠慮をせずに俺を殺すきでかかってこい」



「お前の武器は斧であろう。それを使え、なぜ丸腰で我に挑む」



「俺も男だ。強者と素手で戦ってみたくなったのだ」


 

 本当の理由は違う。だが、今このタイミングで悟らせる訳にはいかない。

 俺は、素手での戦いのなかでそのタイミングを探らねばならない。

 ――俺の目的は戦闘ではない。それを忘れてはならない。



「ああ。かかってこい、炎鬼えんき


 炎鬼は右腕を強く握りしめ巨大なゲンコツを作る。

 丸太のように太い腕を大ぶりで直線的な軌道で放たれる。


 それは単純、大振り、直線的なストレートパンチ。

 

 正拳突きと呼ばれる拳法の技とも異なる、

 単純な筋力のみを信じぬいた男が放つ渾身の一撃。


 その一撃が俺の腹筋に直撃する。



「手加減をするな、炎鬼えんき。お前の真の力はその程度ではないだろう」



「我の一撃を受け全身を爆散させなかった相手はいなかったのだがな。お前は、他の相手とは一味違うようだ。今度は俺が受ける番だ、お前の放つ拳を見せてみろ」



 俺は数え切れない歳月を異世界で過ごした。

 その長い歳月で木と対話を重ねその精神を学んだ。


 ――今の俺は人を超え木となった。


 俺は自分自身が木になったイメージをする。

 靴底から根を生やし地面深くに根を張るイメージだ。

 

 ……もし、俺が巨大な木なのであれば、

 炎鬼えんきが放つ拳ごときに砕かれることはない。



「ああ。一撃は一撃だ、お返しに、きっちり一撃返させてもらう」



 俺はゲンコツを作り弓の弦を引くイメージで腕を引き、

 直線的な軌道で炎鬼えんきの腹部に拳をめり込ませる。



 俺の腹筋が巨木だとすると、炎鬼えんきの腹筋はさながら、

 何十枚にも重ねられた鉄の板のようなものであった。

 皮はまるで鋼のように硬化しており並の刃物では、

 かすり傷を付けることすら不可能であろう。



「ぐぬ……。今のは……重い一撃だったぞ。これほどの衝撃を受けたのは、戦時に巨大な大砲の直撃を食らった時依頼……いや、大砲以上に素晴らしい一撃だった。それならばこれはどうだ、"千鬼拳"」



 炎鬼えんきの左右の両腕から文字通り、

 千の拳が繰り出される。


 だが、最初の一撃よりもどれも軽い。

 

 そのような軽い拳では木となった俺の靴底を、

 一ミリだって動かすことはできないだろう。


 それは1000回殴ろうが1000万回殴ろうが一緒だ。

 そんな軽い拳は俺には届かない。



「ふっ……お前につまらぬ物を見せてしまったようだな。良い、今度はお前の連撃拳を俺に思う存分に放つが良い。何万回でも構わぬ、お前の好きな分だけ我を殴るが良い」



「いや、きっかり俺が殴られた1000発分のみを返させてもらおう」


 速度のみを重視した軽い拳の連発。

 今の俺の拳は音速を超えている。

 

 音が超える際に生じる乾いた千の破裂音が部屋中にこだまする。

 

 音速を超える全ての拳が炎鬼えんきの全身を抉る。

 相手が炎鬼えんきといえど完全なミンチになっていてもおかしくない連撃。


 だが、この男にも人質に取られた妻子を守りたいという維持がある。

 その意志の強さが俺の連撃すらも完全に耐えきる。


 血反吐を床に吐きながらも、絶対に膝を折らないという、

 悲壮な決意のようなものを感じさせた。



「ふっ……律儀にもきっちり千回殴り返すとはな。だが、我も耐えきった。そして、次は技などという小手先の技術は使わない。我の信じる究極の攻撃をお前を放つ。次の一撃にて――決着をつけさせてもらう」



「炎鬼よ。次が最後の一撃だ。分かっているな、お前の持っている全筋力を使い、人生最大最強の一撃を放つのだ。良いか――もう一度だけ言う、お前の全身全霊の最強の攻撃を俺に放つのだ。この意味は分かるな?」



 俺はじっと炎鬼えんきの瞳の奥を覗き込む。

 炎鬼えんきに俺の狙っている目的を悟らせる。

 表情筋の変化で、相手が理解したことを俺は確信する。



「――命知らずの武人よ。おぬしの意図することは分かった。我は文字通り、究極の一撃を放つ。だから、お前はそれを食らって死ぬな」



「ああ、もとより死ぬ気などカケラもない。本気で掛かってくるが良い」



 炎鬼は目をつむり深呼吸をする。


 心臓という巨大なポンプから全身の筋肉に一気に、

 血液が行き送りこまれ体が倍近く大きく膨れ上がる。


 自身の体熱によって体が燃え上がる。

 そして、炎鬼の人生のなかで最強、最高の一撃が繰り出される。


 それは小手先の技ではなく炎鬼が信じて鍛えきった、

 自身の四肢を完全に信じて放った、


 達人の放つ蹴り技の破壊力は拳の10倍などと言われる。

 炎鬼えんきクラスの本気となると10倍ではおさまらない。

 100倍、いや1000倍を超える。



 炎鬼の靴底が俺の腹部に突き刺さる



「炎鬼――俺の拳を耐えきった、お前の勝ちだ」



 俺は炎鬼の蹴りにより後方に吹き飛ばされ、

 壁にぶち当たるもそれでも勢いは止まらずに、

 次々に俺は壁をぶち壊し、そしてある部屋に辿りつく。



 そこは魔導プラントの職員を含めた、

 全人質たちが全員収容された部屋。



 炎鬼えんきの協力のおかげで敵に悟られることなく、

 一気に人質の居る部屋に侵入することに成功する。


 今頃、炎鬼えんきはプラントの爆破工作を企んでいた、

 実行部隊を肉塊に変えていることだろう。


 俺の目的は魔導プラントの解放と、人質の解放。

 それは完璧な形で達成できそうだ。



「人質を誰も失うことなくここに辿り付けた。素晴らしい蹴りに感謝する」


 壁を突き破って現われた俺の姿を目にし、

 教会の人質に爆弾を仕掛けた実行部隊は驚き慌てるが、

 まったく想定していない事態だったようで何もできないようだ。


 俺は腰の革の鞘からマチェットを抜き出し、放り投げる。

 放物線を描きながらこの部屋を取り囲んでいた、

 10を超える実行部隊の首が、ボトリと地面に落ちる。


 当然ながら、人質の首輪を起爆させる猶予など与えない。

 その思考にたどり着く前に頭部を切断し、全ての首を

 刈り取ったあとにマチェットが俺の手元に戻ってきた。



「なんて手応えのない。首だ。これなら、ヤブを刈る方がよほど大変だったぞ」



 俺は炎鬼の家族や、プラントの職員たち、そして、

 連れ去られた女子どもたちを拘束する縄を斧で切断し解放する。


 人質を誰も怪我させずに救出できたのはアイツの協力のおかげだ。

 魔王には減刑を検討して見ようなどと考える。


 炎鬼えんきの方はプラント爆破実行部隊を撲殺し終えたのか、

 血塗れの拳で部屋の中に入ってきた。


 炎鬼えんきの手にはおそらくこの計画の首謀者の首が握られていた。



「見知らぬ武人よ。おぬしのおかげで、教会の実行部隊を全滅させることができた。感謝しても仕切れないほどだ。それに、我の家族だけでなく、人質全員を一人も怪我を負わせずに助けてくれてありがとう。名前を聞かせて欲しくれぬか」



「俺は木こりのブルーノだ」



「我は、国に戻れば死罪は免れぬであろう。だが、この恩は必ずや返させてもらう。勇敢なる木こりの人よ、本当にありがとう」



 そう言うと、解放された家族の元へ向かっていった。


 俺は、鬼族の炎鬼えんきの妻に俺は目を向ける。

 浅黒い肌をした130cmの美少女――もちろん成人済みである。

 髪の色はきれいな銀色の髪だった。


 子供も人の子供とそう変わらない姿だ。

 父親に似なくてよかったねという感じの、

 とても可愛らしい娘さんだった。


 見た目だけで言えば10歳の魔王より、

 少し身長が高いくらいだった。


 そして、肌の色を除けば人間と遜色が付かない。

 そして顔は童顔で目が大きい。

 そして八重歯が特徴的だった。


 炎鬼と炎鬼の妻の身長差は1メートル近い。


 いや、それがどうというわけではないが、

 ――1メートルほどの身長差がある夫婦、

 なるほど……しかも、合法だ。



「なるほど。これも、合法の形か」



「ぬぅ? どうした我が好敵手、ブルーノよ」



「いや……何でもない」



 小さい娘を肩に乗せ、1メートル近い身長差のある妻は、

 炎鬼の首につかまってぶら下がっている。


 とても幸せそうな光景だ。

 炎鬼えんきも鬼のような顔が一転、

 幸せそうなデレデレしただらしない顔になっている。



 ところでだ、体格差が1メートル近くあると、

 いろいろと夫婦間の夜の方は大丈夫なのだろうか。

 子供がいるということは問題ないのだろうが若干の疑問は残る。



「いや……体内の血流を操る能力を海綿体に適用すれば、あるいは……これは考えたくはないが、体格に似合わないほど脱いだら驚くほど――小さい可能性も……」



 いやいや、あくまでも他人の夜の家庭事情だ考えるのは良そう。

 夜の生活は人それぞれだ、色々なスタイルがあるのだろう。

 現に子供も居ることからも、夜の夫婦生活は問題がないのだろう。


 正直、いろいろと興味は尽きない。

 だが、さすがに聞くわけにもいかないだろう。

 とても気になる。気になるが、どう聞いたら良いのか分からないし我慢だ。

 


 なお、これはあくまでも余談だが、教会の教典には

 『身長差40cmある者同士の婚姻を禁じる』一文がある。


 ――このような人権を無視した教義が許されるはずがない。絶対にだ。


 俺は人の愛し合うことの素晴らしさを拒絶し、冒涜する教会を、

 絶対に滅ぼさねばならないと改めて強く誓うのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る