第38話

「じゃあ、俺は書庫にいるから。あとはよろしく」

 「私も行こう。あの二人の過保護具合を見るに、君を一人で放っておくのはまずいような気がする」

 なんだよそれ、とジズは呆れた表情をこしらえながら、それでもついてくるレウムを拒んだりはしなかった。なかなかいい関係になってきているようだ。

 そんなジズの姿が書庫の奥に消えた瞬間、それまで優しげな光をはらんでいたエレオスの目が突然鋭くなる。

 「おい、ヴェーツ。てめぇ何企んでやがる」

 低く抑揚に欠けた声で投げかけられた言葉に対し、ヴェーチェルは笑顔を崩さないまま首を傾げるだけで応じる。

 思えば不自然なのだ。先程まで灯明の触媒にあれほど興味を示して声が聞こえないぐらい熱中していたのに。また、フィリオへの定時連絡後もずっと灯明の作り方について一人で考え込んでいたのに。それが、突然温室に行きたいだなんて。

 「てめぇ、わざとジズのことを探索から外したな?あいつがああやって言うのを見越して……」

 「わかってるのに、どうして確認するの?」

 つと細められる目に冷ややかな光が宿る。エレオスは眉間のシワを深くしながら唇を噛み締めた。

 「ねぇ、レオ。僕らの目的、覚えてる?」

 「言うまでもねぇ」

 「うん、君も僕も、最重要事項は灯明にあるって、ちゃんとわかっている。その材料を集めるために《温室》に行くんだって。でも、ジズは違う。あの子は優しいからね……」

 「おい、話が一向に見えねぇぞ。思わせぶりにしないで早く言え」

 エレオスは苛立ちを隠さずに言う。それを見たヴェーチェルはため息を一つ、冷たい光は困惑に変化し、力なく笑いながら一言、参ったなぁ、と言ってその場に座り込む。

 「……見つけちゃったんだよ、さっきまで読んでた本の内容で、たまたまさ」

 「あぁ?何をだよ」

 「僕らを永らえさせる植物の存在」

 「!?」

 ヴェーチェルの言を受け、エレオスは息を飲む。思わず辺りを見渡したが 、幸いそこにジズの姿はない。彼はホッと息をついてから、今一度ヴェーチェルの方に視線を向ける。

 「まだ、あいつに言ってねぇだろうな」

 「言うわけないでしょ」

 「あいつが知ってる可能性は?」

 「ない。あの本は《コバルティア》で見たことない」

 エレオスが深く深く息を吐きながらヴェーチェルの隣に座り込む。

 「……英断だ」

 「まあね」

  その本はどこに、とエレオス。ヴェーチェルは自分の着ているベストの下から手のひらよりも少し大きな古びた本を引っ張り出した。どうやらズボンにはさんでいたようだ。エレオスが無言で差し出した手にヴェーチェルが本を置くと、彼はパラパラと静かにそれをめくり出した。

 「それ、地上の植物なんだ。だから、もしも《温室》が地上とつながっていたなら……」

 「言いたいことはわかった」

 エレオスは静かに本を閉じると、そのままそれをヴェーチェルに返す。一言、隠しておけ、と付け加えて。

 「これはあいつが一番求めてるものだろうが、知るのは今じゃねぇ……」

 「そうだね。ジズには悪いけど、今は《コバルティア》の灯りが優先だ」

 そうだ、忘れてはならない。自分たちの行動が今後の《コバルティア》の存亡に関わると。自分たちの命をかけてでも遂行すべき重要な任務であると。

 「……さてと、わだかまりもとけたことだし、そろそろ行けるかい?レオ」

 「ああ。いつでもいいぜ」

 作戦はこうだ。まず、エレオスが転位の魔法陣を描き、それを使ってヴェーチェルを《温室》に送る。同時にエレオスはカラスを使役し、《温室》探索を行うヴェーチェルをナビゲートをする。ヴェーチェルの方は転位したらすぐに自分の影に潜り、エレオスのナビゲートに従いながら《温室》内部を探索する。そこで生きている動植物を発見したら、ヴェーチェルが採取・回収を行うという算段だ。

 エレオスとジズが操る思念体では採取した動植物を持ち帰ることはできない。有毒ガスが残ってるかもわからない《温室》で少しでも安全にかつサンプルを得るために、ヴェーチェルの力は必要不可欠なのである。

 「よーし、じゃあ気張りますか」

 ヴェーチェルはそう言いつつ、ポケットから細長い包みを取り出した。中から現れたのはキセルと小さな小瓶、《コバルティア》の民の必需品である。

 キセルは彼らが薬を摂取する際に使用する道具で、薬の粉末を煙に変化させる魔法がかけられている。また、小瓶の中身は熱を発する魔法石を砕いた粉末と植物の葉を磨り潰した粉末とを混ぜ合わせた薬で、民それぞれの体調に合わせて調合されたものを平均5本程度携帯している。

 キセルにつめた粉末に熱が加わり、チリチリと音を立てる。エレオスは目を細めた。

 「……怒られるぞ」

 この香りは《ローゼラ》、彼らの神経を麻痺させることで服用者の怪我の痛みや身体の不調などを封じ込める代物だ。しかし、効能はあくまでも封じ込めるのみであり、薬が切れたとき、封じられていた苦痛は一気に身体に襲いかかる。その痛みは想像を絶する、故にそれを封じ込めるために再び《ローゼラ》に手を出さずにはいられない。民はその恐怖から、終生手離すことができない、一種の麻薬である。

 ヴェーチェルもまさにその一人であった。

 「そう思うならジズに告げ口しないでね」

 「匂いでバレるに決まってんだろ。俺は止めたからな」

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