第37話
それからしばらく経ち、ヴェーチェルとエレオスの待つ図書館まで、また長い階段を降りていく。
ーーお前は生きようとしている大層な人間だ。
その言葉の意味を考えてみる。
死を恐れる民を慰め、救い長らえさせる。医者としてあるべき自分の姿。できることなら、全ての民が永らえてほしいと思う。自分も永らえたい、と思う。ならば《族長》の秘術を受けることが最善なのだろう。それを恐れて逃げている自分は確かに『まごうことなきコバルティアの民』だ。
コバルティアに生まれた以上、夭逝の運命から逃れることはできない。その事実から目をそらし、半端な生を送る自分をつかまえて何が大層な人間だ。
はっ、と自嘲気味に口角をつり上げた時、突然目の前に何者かが立ち塞がる。瞬間、顔を上げたジズの額が指で強く弾かれた。
「また難しいこと考えてやがんな」
エレオスはさらにジズの眉間を指でグリグリとこねくりまわす。ジズはそれをしばらくは黙って受けていたが、やがてうっとうしそうに首を振ってかわした。
どうやら考え事をしている間に図書館まで降りてきていたようだ。
「レオ……。もう平気なの?」
「平気なわけあるか。お前のまっずい薬のせいで目が覚めちまったんだよ」
「まぁ、気付け薬だからね。効果も間違ってはない」
売り文句に買い文句である。エレオスの舌打ちをジズは冷めた目で見返してやった。
図書館の扉をくぐって中に入ると、エレオスはジズの肩越しに、
「で?また御大層なお悩みでもあるのか、お医者サマよ?」
と、茶化すように言ってきたので、
「……絶対教えてやんない」
大人げないとは思いつつ、ジズはべっと舌をつきだしたのであった。
「ねぇ、今度は僕が《温室》に行きたいな!」
食事の準備ができたところでヴェーチェルがさも楽しげに手をたたく。
先程まで調べものに集中するあまり、いくら声をかけても肩を叩いても反応なかったヴェーチェル。いつも通りエレオスによる聖典殴打攻撃で現実に呼び戻したが、なおも本にかじりついて思考を再開しようとするので、まずは食事だと言い聞かせて無理矢理食事を並べた机のところまで引きずってきた。そして今の発言に至る。
「てめぇの役目は灯りの材料探しだ。ここなら調べものし放題、知識欲の塊にとっては役得だろうが」
「だってズルいよ、ちょっと索敵が得意だからってレオとジズばっかり外部の探索してさ。確かに役得だけど、たまには外の様子だって見たいじゃないか」
「適材適所って言うだろ? 危険がないかわかるまでは俺たちの方が適任だ」
なるほど、どうやらヴェーチェルは知識欲よりも好奇心の方が上回ってきているらしい。エレオスの言うこともわからなくはないがーー。
「じゃあ俺と交代しよう」
そうジズが言うと、歓喜の声と不満の声が重なった。予想通りの反応である。
「多角的な視点は大事なことだよ。ヴェーツならこの図書館で得た知識をすぐに活かせる」
例えばロウアメ、図書館の本で絵を見た彼なら《温室》で見つけた時にすぐそれと気づくだろう。一度見たものを正確に記憶できる彼の力で。 確かに、実物のロウアメを見たことあるのはレウムのみ。彼もここに留まって久しいため、ロウアメについての記憶は少しずつ薄くなってきているという。実物を目にすれば思い出すだろうが、そのためには有毒ガスが充満しているかもしれない《温室》にレウム本人が行くのはリスクが大きい。
しかし、ジズとエレオスはそれぞれ魔力で作り出した蜘蛛とカラスの思念体を飛ばすことができる。ヴェーチェルにその力はないが、彼は代わりに影の中に潜ることができるため、外気に触れることなく探索することができる。
自分自身を守りながら探索できるのはこの三人だけ。
「だから、記憶にあるロウアメらしき植物を見つけて持ち帰り、それが本物かをレウムが確認する方がいい」
「そうそう!その通りだよ!いやぁ、さすがはジズ、本当に賢い子だねぇ。ね!レオ」
「……絶対そうは思ってなかっただろ」
「じゃあジズにはレウムとお留守番を頼むね!」
ボソッと呟くエレオスは無視して、決まりと言わんばかりに心底嬉しそうに言うヴェーチェル。エレオスは深々とため息をつくと、ジズの方を向いてからヴェーチェルの方を顎で示す。いいのか、と言う意味だ。ジズは頷く。
「いいよ。俺も残って調べたいことあるから」
ヴェーチェルほどではないが、ジズも知識欲の塊のようなところがある。彼の場合はそれが特に医術や薬学系にしぼられていた。もしかしたら、薬草園にはない素晴らしい植物が《温室》にはあるかもしれない。あわよくば、自分たちを永らえることのできる、そんな奇跡の植物が……。
瞬間、また額を指で強く弾かれる。
「あまり根詰めすぎんじゃねぇぞ。お前はヴェーツと違って考えすぎるからな」
「失礼だな、レオが考えなさすぎなだけでしょ?」
でも、と続けてヴェーチェルはジズの髪をさらりと撫でた。
「ジズが根詰めすぎないでほしいのは僕も同じ気持ちだからね。無理はしないこと、わかった?」
「それは、こっちのセリフだよ」
ジズはなんだか落ち着かない気分で、ようやくその一言を口にした。エレオスもヴェーチェルも、そんな彼を優しく見守っていた。
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