第36話

 「レウムはさ、コバルティアに帰りたくないの?」

 先ほどつんだ木の実をすり潰しながら聞く。これはどうやら香辛料の元らしい。膨大な量を収穫したが、幸い今全て加工することはしないそうなので、ジズは少し安心していた。

 「帰るも何も、私にとってのコバルティアは今も昔もずっとここだ」

 レウムは収穫した葉を細かくちぎっている。こちらは食事の下ごしらえと見える。すりつぶす作業とちぎる作業、単純なそれを繰り返しているだけでは気が滅入る。そのためか、レウムの口数は平時よりも少し多いように思えた。

 「じゃあ、フィリオ……コバルティアの皆に会いたくないの?」

 ピタリとレウムの手が止まる。

 「ないと言えば嘘になる。だが、私はこの地を守らねばならない」

 再び手が動き出す。心なしか先程よりも葉のちぎり方が乱暴になったようにも思える。ただし、それが意味するところはわからない。

 「それも、大事だけどさ。君だって限られた命だろうに」

 「私はもう族長の秘術で延命済みだ。私の身も心も全ては族長とこの地へ捧げられている」

 今度はジズの手が止まった。その手は微かに震えている。

 「そんなの、あんまりだ」

 「いや、私が自ら選んだことだ。後悔はしまいよ」

 コバルティアの民として生を受けた彼らは生まれながらに二つの選択を迫られる。一つは天命を全うし、長き命を夢見て短き生を終えること。一つはコバルティアの族長の秘術を受け、終わりを知らぬ長き生を送ること。

 後者を選ぶ者は少なくない。ただし、この秘術を受けるにはある大切なものを捧げなければならない。

 自由だ、ーー族長に従い、未来永劫コバルティアから離れないこと。未来のさまざまな可能性を閉ざすのである。

 レウムはそれをすでに受けているのだという。それはそうだ、彼が閉じ込められたのは今のコバルティアができる以前、大火が起こったという何百年も前から生きているというのだから。

 「ここを守ることはコバルティアの意思たる族長の命。私にはそれを遂行する義務がある」

 「でも、それは君の意思じゃないだろう?どうしてそう受け入れられるのさ……」

 「それを言うなら君だって、どうしてここに来た? 誰のために灯りを求める? それと同じことだ」

 さっきも言ったはず。いつの時代にも存在する臆病者たちを受け入れ守り続けるため、私たちはここを守らねばならない。

 レウムの問いにジズは口を閉ざした。コバルティアに命を捧げた先達の言葉には大変な重みがある。自分にはそこまでの覚悟はあるのか。

 「見たこともない未来のことは知らないよ。ただ、灯りがないと俺が困るから」

 そう、「俺」がだ。

 「俺は、そんな大層な人間じゃない。君がうらやましいよ、レウム」

 レウムは黙ってちぎった葉を鍋に入れる。そこに先程汲んでいたらしい水を加えて蓋をした。

 「お前も私も、そういう点に置いてはまごうことなき《コバルティア》の民といえよう」

 安心するといい、お前は生きようとしている大層な人間だ。

 魔法石で熱を加え煮立つまで静かに待つ。赤い魔法石が手元を明るく照らし、ほの暗い空間に鍋と机の色を浮き立たせていた。 

     

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