第30話

 ヴェーチェルがレウムと共に調べものをすすめている時、エレオスとジズは《温室》に向かう道の調査を再開していた。

 『地下動植物図会』に載る地図ではちょうど半分ぐらい進んだところだろうか。ここから道が複雑に入り組んでいるので、慎重に進む必要がある。責任重大なのはナビゲート役のジズだ。

 「とりあえず正しい道をすぐ選べるように、分岐に印つけるね」

 「まったく、なんなんだよこの迷路。行くのはコバルティアの連中だけなんだから、こんなに無駄に作り込む必要なんてねぇだろ…」

 「そこは、地下水とか地下茎とか避けたらこうなるだろうし、仕方ないよ」

 「わかってる。けどな、この先に蝋燭の材料があるのわかってんなら、なんで転移の魔法陣刻まなかったんだ?こんなんじゃ限られた連中しかたどり着けねぇだろ」

 「文句言ったってしょうがないだろ?」

 エレオスが機嫌の悪さを隠そうともしない盛大に舌打ちをする。短気な彼のそれはいつものことなので、ジズはため息をつきながら地図に印をつけていく。

 「レオ、カラスの周りには何かいる?」

 「いや、気配はするがこっちに気づいてはないみたいだ」

 エレオスは先ほど探索したところに隠蔽の魔法陣をきざみ、カラスの気配を隠しているという。結界を張る魔法の応用らしい。こう考えると、おそらく本来の意味で一番魔法に精通しているのはエレオスなのだろう。

 「その魔法維持しながら探索できないの?」

 「死ねと?」

 無理なんだ、とジズはそう心の内で呟く。

 「悪かったよ。…はい、これ」

 なにか言いたげなエレオスの視線を黙殺し、線を引いた地図を指差す。紙面に現れたのは地図上の最短ルートだ。エレオスはジズの手元を覗き込むと、それを目で追いながら単純なルートだな、と呟く。道の幅や通路の高低差は地図上からはわからないが、見た限りではほとんど真っ直ぐと少し曲がるぐらいだ。

 「わき道が何本かあるけど、そっちに曲がっていくことはほとんどないんだよね。なんでこんなに道があるのかな」

 ジズの指摘通り、地図にはたくさんの分かれ道が存在している。しかし、それらの道は行き止まりか、どこかで最短ルートの道に合流している。

 「さっきお前が言ってたろ、地下茎とか避けてんじゃねぇのか?ここで考えても答えは出ねぇよ。おら、さっさといくぞ」

 そう口にし、エレオスは腹部に魔法陣の刻まれた手のひらを置いて目を閉じた。カラスと意識をつなげた合図だと理解し、ジズも鎖骨の蜘蛛に手をのばす。

 視界が暗くなる。再び明るくなったそこに映るのは温室へつながるあの道だ。ジズは即座に二人が使役している二匹の周囲を見渡し何もいないことを確認した。

 「最初はそこの道を直進か?」

 「うん、曲がる時は言う」

 「当たり前だ」

 バサリとカラスが羽を広げる。同時に隠蔽の魔法がとけ、カラスはぼんやりと光りながら飛び立った。

 生き物の気配はない。見られている感覚も皆無だ。音もほとんど聞こえない空間にやや不気味さを感じながら、先ほど最短ルートと分析した道を奥へ奥へと進む。

 「暗いな。あと狭い」

 「うん、この辺には夜光草もないんだね」

 「ということは、有毒ガスとやらは薄いのか?」

 エレオスがおもむろに呟く。レウムが言っていたように夜光草は有毒ガスを吸って成長するように改良された植物。成長しないということはすなわち空間の有毒ガスの濃度が低下しているということを表す。

 「どうだろう。生物の気配がないことを考えると、逆に濃くたっておかしくないでしょ」

 そう、夜光草もなければ生き物もいないということは反対に有毒ガスの濃度が高いとも考えられる。

 「旧階層に着いた時、レウムが夜光草を植えてただろ?改良した夜光草は人為的に繁殖させないといけないんだとしたら、ここはまだ浄化の段階まで行ってないのかも」

 「チッ!あいつ、そういう肝心なとこ説明しないよな」

 「でも、温室に行くって言ったのをあんだけ強くひき止めてたし、ほとんど浄化されてないんだろうね。直接出向いてたら危なかったな。--そこ、右」

 正面の景色が変化した。曲がった先の道は先ほどよりも奥まで見はるかせている。目が慣れてきたのだろうか……、否。

 「ねぇ、レオ。その壁にあるのって」

 「あぁ、灯明だな」

 そう、そこには古ぼけて苔むした入れ物で柔らかく光る火があった。……灯明だ。

 大きさは図書館にあったものより小型で、足元を照らすぐらいの小さな光しか発していなかった。しかし、点々と灯るそれらはたしかに道の奥を照らし、彼らに進むべき道を教えているようにも見えた。

 「ちょうどいいや、借りていこうぜ」

 折よく壁から吊り下げられた小さな灯明を見つけたエレオスは、カラスの嘴で器用にそれをくわえた。     

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