第29話

 ヴェーチェル当人はというと、灯明本体を調べながらに何やら考え込んでいた。火を灯した蝋燭には小さな魔法陣が刻まれており、それが明るさを増幅するものなのだと、先刻ジズから聞いたのである。

 「魔法陣の理論って、レオが使う結界の術式とおんなじなんだってさ。だから、何の図形がどんな風に組み合わされているのかわかれば、魔法の再現はできるかもしれない」

 そう言われたヴェーチェルは、今目の前にある蝋燭の魔法陣に使われた図形を書き出していた。

 蝋燭を作ることばかりに気を取られていたが、蝋燭が首尾よく作れたあかつきには当然火を灯す必要がある。蝋燭に刻まれた魔法陣は、火を灯し続けると同時に明るさを増幅させるという代物だという。だからか、魔法陣の形が非常に複雑でヴェーチェルではとても解読できそうになかった。

 「魔法陣の書き方を一から勉強すればいいことだけど、さすがに今から勉強するんじゃ時間がないからな……」

 これはもう結界の術式を学び、一番魔法陣に通暁しているエレオスが適任だ。彼が探索を終えたら解読を頼もうと、ヴェーチェルはせっせと図形を書き出す。

 「ん?」

 その時、ヴェーチェルはふと見た灯明のガラスの戸に小さな穴が開いているのに気がつく。なんだろうと、気になった彼は近くの本棚に視線を送り、そこにかかっていた別の灯明の扉を瞬きもせずにじっと見つめる。そこには戸が勝手に開かないように止めている鍵らしき金具があった。

 「あー、なるほどね。これについてないってことは、壊れたか、外れたか、だな……」

 何しろ灯明が作られたのはコバルティア旧階層に人が住んでいた時のこと。脆くなって一部が破損してしまうのも無理はない。

 「これじゃ落としてしまった時に危ないじゃないか。絶対、簡易的な封印魔法かけといた方がいいのにな」

 そこまで独り言を呟いたところでヴェーチェルはふと気がつく。

 「……あれ?これ、案外いい考えかも?」

 コバルティアの大火は灯明を保護していたガラスの瓶が叩き割られ、火が岩壁の鉱石に引火したのだとレウムは語っていた。そもそもガラスの器が割れなければ、火が飛び散ることはなかったはずだ。それならば、蝋燭の入った灯明の入れ物一つ一つを扉のついた仕様に変え、それが開かぬよう封印の魔法陣を刻めばいいのではないか。

 「封印ならレオができるし、要確認、と……」

 さりげなくエレオスにかかる負担が増加していることは気にせず、ヴェーチェルはそのアイデアをメモする。

 そこでレウムの作業進度を確認するため、ヴェーチェルは近くの椅子に座っている彼に視線を移した。何やらぶつぶつ言いながらペンを動かしているところを見ると、おそらくまだ終わっていないのだろう。

 気になって彼の手元を覗き込むと、そこにはびっしりとメモが書かれていた。

 《可燃(有毒)、可燃(無毒)、※素材の相性良し(○)悪し(✕)、不明(△)》

 それがかなり詳細なところまで書かれていることにヴェーチェルは驚く。確かに相性も知りたいとは言ったが、ここまで詳細に分類してくれるとは思わなかった。

 すると、視線に気がついたレウムが顔をあげる。若干表情に疲弊の色が見えるので、ヴェーチェルはニッコリと彼に笑いかける。

 「ねぇレウム?ちょっと休憩しよう?僕も頭を整理したいし」

 その言葉にレウムは頷きながら目頭を押さえて息を吐く。かなりお疲れの様子だ。が、それを知ってか知らずかヴェーチェルはさらに笑みを深くして続けた。

 「それ書き終わったら、そこの素材を可能な限り全部集めてほしいんだよねぇ」

 レウムはヒクリと頬を歪ませたが、最早言い返す余裕もなく静かに頷くのであった。

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