第28話
さて、レウムを半ば引きずるように連れていったヴェーチェルは、書棚の間で埃を被っていた机と椅子を見つけると、ここでいいかな、とひとりごちた。
「ねえ、あれを取りたいんだけど、長い棒はある?」
そう言って彼が指差したのはこの空間を照らす灯明だった。先ほど蝋燭に代わる触媒の話をしていたので、すぐにそのためと察したレウムはこれまた書棚の間から取り出した棒を手渡す。ヴェーチェルはそれを使って灯明を壁面から外して机に置いてから、ロウソクを保護するガラスの戸をそっと開く。
「これが火か」
指を伸ばす彼の手をすかさずレウムがパシンと払いのける。
「ばか、火傷するぞ」
「やけど?」
「熱に皮膚が焼かれるんだよ、そんなことも……っ」
レウムはそこまで言って言葉をつまらせた。ヴェーチェルは困惑した様子のレウムを少し驚いた表情で見てから、やがて柔らかく笑って見せた。
「……うん、それは痛そうだ」
「痛い、だから直に触るのはダメだ。その…、下で固まっているロウならば削りとるくらいは大丈夫だと思う」
「そっか。このペン軸で削れるかな…」
ヴェーチェルは持っていたペンの柄の部分でロウの部分をカリカリと削り取る。
「すまない、無神経だった」
「知らなかった僕が悪い、君は気にしないで」
よし、取れた、と嬉しそうに呟くヴェーチェル。彼はそれを先ほど拾ったガラス片と一緒にハンカチの上に広げた。
「見れば見るほど不思議なもんだね。今にも消えそうなのに消えない火、その触媒がこれか」
ベタついていないもののツルツルでスベスベな感触。強いていうなら怪我したときに使う軟膏の手触りに似てるように思える。
「やっぱり、火を照明に使いたいよね。ヤコウソウの明るさだと細かい文字が読みにくくて仕方ないもの。これ、なんとしても作りたいな」
この灯り一つで本の文字全てをはっきり見られるというところにヴェーチェルはとても魅力を感じていた。この図書館を管理していた先祖もきっとそう考えていたのだろう。ここが封印されていたこともあるだろうが、それでも数多くの灯明が壁の至るところに設置されあらゆるものを明るく照らしている。こんな快適な読書空間を知ってしまったからには、どんな手段を使ってでも蝋燭を作りたい。ヴェーチェルの思考はそこに集中していた。
「君はそう言うけど、火は怖いよ。なんでも灰にしてしまう。触媒次第では毒も発生させるからね。あの日の記憶が残ってる民は火を使うことに反対するだろうよ」
「けど、使い方を誤らなければ、ヤコウソウよりもずっと明るくて暖かい照明になる」
ヴェーチェルは深いため息をつくと机に突っ伏した。
「そこなんだよねぇ……。使い方次第ってことは痛いほどわかったけど、聞けば聞くほど信じられない。こんな小さいのにさ」
「大きさは関係ない。火の全ては触媒によって変わるし、万物のほとんどを燃やしてしまうから」
「へぇ、なんでも……ねぇ」
瞬間、ヴェーチェルはガバッと勢いよく顔をあげた。驚いたレウムが若干後ずさりするが、ヴェーチェルは同時に一歩踏み出し、彼を本棚の間に追い詰める。彼を見るヴェーチェルの目は先ほどとはうってかわり期待に満ちた眼差しだった。
「それじゃあさ、この図書館の中で燃えるものを全部書き出してみようよ!」
「……え、ぜ、んぶ…?」
「そうさ!蝋燭を再現するのにも灯明制作当時と同じ材料が揃うとも限らないじゃないか。代用品を使うとすれば危険性とかも考えなきゃいけない。新しい触媒を作るならなおさらだよ!」
「待って、それを全て書き出す必要はあるの?燃えるものなんてとんでもない量あるけど……」
「材料だって相性があるでしょ?一回書いてくれたら全部覚えられるからよろしく!」
「……」
エレオスとジズの言っていたことが今ようやくわかった。あれはこの事を……。
「さあさ!善は急げだよ!」
ヴェーチェルの楽しそうな笑み。その裏に隠れる狂気を垣間見たレウムは、背筋に悪寒を感じつつ小刻みに何度も頷くのだった。
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