第27話

 三人が目覚めたのはそれから一時間ほど経ってからだった。優しい香りが鼻腔をくすぐり、一気に空腹を自覚した彼らがゆるゆるとまぶたを上げる。

 「よく眠っていたね」

 かたわらではレウムがスープをすすっていた。ジズが身を起こすと、一房だけ長い髪が頬に落ちる。頭痛はすっかり落ち着いていたが、今すぐの探索再開は困難だろう。

 「君たちの望む手がかりはあった?」

 レウムがスープをよそった器を差し出す。ジズは礼を言ってそれを受け取ると、いまだに気だるげな表情で横になるエレオスと、眠そうにまぶたをこするヴェーチェルを振り返った。

 「てめえが行かせたくなかった《温室》には全然辿りつかねぇよ。見たことねえ獣はいるし、草もろくに生えてやしねぇ」

 深く息を吐き出しながら言うのはエレオス。そうだろうね、だから行かせたくなかったのだもの、と続けるレウムをにらみつける。

 「こっちも収穫なし。図書館内にロウアメが自生してる、なんて都合のいいことはさすがにないみたいだ」

 ジズはまだ本調子ではないのか顔色が悪い。スープを飲んでようやく顔に赤みが増したように見える。

 「蝋燭を作るのは難しそうだね…」

 「そうでもないよ」

 口を開いたのはヴェーチェルだった。彼は持っていた本を指差しながらまだ眠たい目許をこすりこすり欠伸をした。

 「確かに材料はないからその本にある製法で蝋燭を作るのは無理だ。だったら他の触媒を探せばいい」

 「他の触媒?そんなのある?」

 「まあ、それらしいものはね。でも、もしかしたら成功しないかもしれない」

 「……保険は必要だな」

 「そう、だから二人の探索を続けて欲しい。ジズは図書館内の探索は打ち切っていいから、レオのサポートに専念して。レオは、そうだな。転移の魔法陣は描けるっけ?」

 「そんなにでかいのじゃなければな」

 仮に二人が《温室》に辿りつき、ロウアメを見つけたとする。しかし、エレオスの鴉一匹では採取する量に限りがあるし、かといって来た道を戻るのも時間がかかりすぎる。そこで転移の魔法陣だ。幸いその描き方は教会で先日習ったばかりだという。

 「都合よすぎるだろ。あのくそ神父ども、さてはこうなること知ってやがったな……」

 「まあまあ、習ってて助かったよ。おかげで二人には探索に集中してもらえるからさ」

 もう一度大きな欠伸をして体を伸ばしながら、ヴェーチェルは続ける。

 「僕はレウムと灯明に関する実験をするつもり」 「……私?初耳なのだが」

 突然話を振られたレウムは驚き目を丸くしていた。ヴェーチェルはニコッと笑うと、

 「もちろん。君の能力が必要なんだよ」

 そう言った。レウムはそれが嬉しかったのか恥ずかしそうにそっぽを向き、そう、と微かな声で呟いた。しかし、エレオスとジズはそんな彼をあわれむような目で見つめていた。

 「ヴェーツ、あんまりいじめてやるなよ?」

 「そんなこと、するわけないでしょ?」

 「どうだか。食事と睡眠はとらせてやれよ」

 研究に没頭したヴェーチェルが寝食を忘れてしまうのは最早日常であった。最長記録は三日、その時は四日目にお腹空いたと言って食事をした後、糸が切れたように眠ったのだという。そんな彼を当然レウムは知らない。

 「……よくわからないが、彼はそんなに意地が悪いのか?」

 「そうじゃないけど、研究に関わると目の色が変わるってことは伝えとく」

 精一杯の注意のつもりだったが、レウムはいまいちピンときていないような様子だった。そして、私にできることならば、と承諾してくれたのである。

 「ありがとう!!早速だけどね!!!」

 返事を聞くや否や、ヴェーチェルは目を輝かせながらレウムを引っ張って図書館奥へと駆け出す。その最中もレウムに矢継ぎ早に何事か話しているようで、姿が本棚の奥に消えてもかすかな声だけが響いていた。

 「大丈夫かな……」

 すると、心配そうに彼を見送るジズにエレオスがあきれ顔を向けてくる。

 「おい、奴の心配より俺たちの心配だ。ヴェーツの野郎、さりげなくこっちの探索続行も指示してきたんだぞ」

 盛大なため息と共に吐き出された声には疲れたような色が混ざっている。それを受けたジズは渇いた笑みを浮かべながらスープを一口すするのだった。


   

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