第26話
蜘蛛の目を通して見えたものは二匹の蛇。それらは鎌首をもたげこちらの様子を伺っていた。中空にいるカラスにその頭が届くことはないだろうが、こちらに毒液などを飛ばしてくる恐れもある。
「おい、ここ突っ切るぞ。先を警戒しろ」
岩壁の突起にとまって休むつもりだったが、蛇が這い上がってくる可能性もあるがある以上とどまるのは危険だ。エレオスの選択にジズは頷く。そして進行方向に視線を投じた時だった、モゾリとその暗闇が動いたのは……。
「ダメ、向かいからも来る…っ!」
「あ?冗談だろ?」
「こんな時にふざけるわけないでしょ」
言い争う二人の前に現れたのは先ほど見かけたモグラだった。気のせいだろうか、さっきの個体より少し大きい気がする。
「畜生、めんどくせぇな……」
頭をグシャグシャとかき回し、気晴らしに口に放り込んだ飴玉をすぐに噛み砕く。どうするかとジズが聞くと、エレオスは黙って手でそこを退けという指示を出した。
「《【絡繰リノ翼】起動、思念体【鴉】に同期》」
瞬間、エレオスの背からカシャカシャと音を立てながらいびつな形の翼が生じた。真鍮のような風合いで、無数のボルトや歯車、さらにワイヤーのようなものが飛膜に当たる部分を構成する多種多様な武器をつり上げている。エレオスの能力 《絡繰リノ翼》だ。
同時に、彼の操るカラスの両翼も彼の背にある翼と同じものへと変化した。
「こんな雑魚に無駄撃ちしたくねぇ、一回で蹴散らすぞ。――《【銃器】を展開、攻撃【連続】、範囲指定【広】、射撃開始》」
エレオスが指を鳴らす。その瞬間、カラスの翼から放たれた銃弾の嵐が地面を揺らすほど強く吹き荒れた。
彼の翼は多種多様な武器たちで構成されている。それらは全てエレオスの魔力によってできているもので、彼の魔力が続く限り無限に作り出すことが可能なのだ。今地を激しく叩いている銃弾もその力の一端であった。
もちろん、蛇たちはひとたまりもなく、たちまち身体中穴だらけになって地面に倒れ伏す。問題はあのモグラだ。図体がでかい分相当量の銃弾を撃ち込まないと倒れないだろう。
「くそっ!まだ倒れねぇのかよ」
「レオ、俺の蜘蛛をモグラの背中に落として!」
すかさずジズが動く。その言葉の意味をすぐに理解したエレオスはすぐさまモグラの背後に回り込んだ。その背に落ちた蜘蛛は振り落とされないように牙を立てる。
「そのまま釘付けにして!」
「簡単に言うな!」
エレオスはジズの言に毒づきながらもモグラの右足に何発か銃弾を撃ち込んだ。ジズ操る蜘蛛はモグラがバランスを崩したところを見逃さなかった。
「《蜘蛛ノ糸》」
小さな蜘蛛が壁に向かって糸を放出する。ちょうどモグラが今にも倒れようとしている目の前に横一文字に。顎にベタリと糸がくっつく感触がジズの指先に伝わる。今だ、とさらに糸を放出し地面にせっせと縫い止める。これでしばらくは足止めできるだろう。
「地図を確認しろジズ。次の分岐はどの辺りだ?」
カラスは蜘蛛を拾い再び飛び立つ。カラス操作中のエレオスに代わりジズは横目で地図を見た。ほんの少し頭痛がしたが、次の分岐までの辛抱だ。
「軌道修正して、左斜めに道が続いてる」
「わかってらぁっ。その先どうなってんだか聞いてんだよ」
「そこからは真っ直ぐだ。少し道が狭くなりそう」
「高度を下げる。襲撃は全て回避するぞ、指示出せジズ」
「そっちこそ簡単に言うな!!」
蜘蛛を使役し視界を広げ続けているせいか、少しずつ頭痛が悪化しめまいがするのを感じる。
「ちょっとレオ、限界なんだけどっ」
「こっちもさっきの魔法で諸々使い果たしてんだよ、だからさっさと休めるとこ探せ!」
エレオスもしんどそうに額に手を当てていた。どうやら状況は同じらしい。それでも彼は何とかカラスを飛ばし続け、ジズは蜘蛛の視界に意識を巡らせていた。
この角を曲がれば少し広いところに出られる。しかし、ジズの視界がグラリと歪みだす。これは危機的だ。
「ごめん、本当に限界。お先に離脱するよ」
「あ、てめ、ずりぃぞっ」
「目の前の角曲がればもう着くから、そこまでがんばれ」
ジズは一度全ての蜘蛛の操作を解き、深呼吸を五・六回繰り返してから、腰のポーチから頭痛に効く薬を取り出す。薬の入った小瓶をから取り出した三錠を口に含んで噛み砕いた。それから小瓶をエレオスの横に置いて、ジズは静かにまぶたをおろした。
「レオの右手近くに薬置いといたから、休む前に三錠ね。かじってもいいから……」
疲労か薬の効果か定かではないが、堪えがたい眠気に襲われたジズはそのまま意識を手離した。
†
「あれ?二人とも……、寝てるの?」
約束通り、半日後に戻ってきたヴェーチェルが困ったように笑う。彼の目の前には背を預けあって眠るエレオスとジズの姿があった。
「ちょうどいいや、もう少し読みたかったし」
二人とも休息が必要だろうしね。
持っていた四・五冊の本を机におろして、彼自身はそこにあった椅子に腰かける。
彼はこの半日、蝋燭の作り方と炎の燃える仕組みについて調べていた。何せ生まれてこの方、蝋燭はおろか炎さえ見たことがなかったのである。人生で初めて目にした灯明の火はとても不可思議でこの上なく神秘的な物に見えた。
「火は水と同じく自然の物だから、薬とかみたいに調合することはできない。また、火を灯し続ける触媒が必須、ね。理屈はわかった」
火の明るさは夜光草やヒカリゴケなどの比ではない。それを扱える魔導師もいる。故に火種の確保はさほど難しいことではなかったはずだ。では、なぜ使わなくなったのか。
「やっぱり、大火が原因だよね。なかなか鎮火できなかった上に有毒ガスも出たとなれば、民の生死にも関わるし……」
しかし、火そのものに有毒なガスは含まれていない。それに、さほど大きくもない灯明の火がどうして一ヶ月以上燃え続ける大火となったのか。
「きっと、触媒が重要なんだよね。ここをクリアすれば安全に火を扱えるはず」
それに関して、二人の知恵を拝借したいんだけどな。と続けて、ヴェーチェルは二人を振り返った。スヤスヤと寝息を立てるエレオスとジズは当分起きそうになさそうだ。それを見たヴェーチェルは優しく目を細めて笑った。
「じゃあ僕も少し寝ようかな」
と口にしながら。
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