第31話
「気をつけてよ、こんなに小さくても色んなもの燃やすって言うから」
ジズはハラハラしたようにエレオスに声をかける。肝心の当人は、へーきへーき、と何だか楽しそうだ。
「それより見ろよ、あいつら逃げてくぞ」
カラスの発光する光に興味を持って近づいてきたのだろう生き物たちが、今度は尻尾を巻いて逃げ出していく。
「アハハッ!きっとこいつが恐いんだろうな。どれ、一つ燃やしてみるか?」
「ちょっと、やめてよ!大火の二の舞になったらどうするんだよ」
「なんだよ、恐いのか?腰抜け」
「そういう問題じゃないでしょ!」
ジズがエレオスの頭を小突く。ってぇな!と今度はエレオスがジズの頭にげんこつを食らわせる。…と、同時に突然蜘蛛の視界が地面の方に移る。ややあってカラスの身体がグラリと傾く感覚を覚え、ジズは思わず声をあげた。
あの小さな火が壁に燃え移る光景が脳裏をよぎる。
「うるせぇな!!何にもないのに耳元ででけぇ声出すんじゃねぇ!」
視界が上昇する。ホッと息をついた瞬間に、再びエレオスがジズを殴りつけた。
「冗談を真に受けんじゃねぇよ、このバカが!俺だって、これがどんだけ危ないものかぐらい、ちゃんとわかってる!」
嘘だ、と言いたげにジズはエレオスをじろりと睨みつける。だが、カラスへ神経を集中させている彼の目は伏せられており、彼の金の双眸を見返してくることはなかった。ジズは息をつくと、そこを左、と不満そうに声をかける。
「おい、少し明るくなったか?」
「あ、あれじゃない?灯明があるよ」
曲がった先の道を照らしていたのはジズの言う通り灯明だった。ちょうど今カラスがくわえているものと同じぐらいの大きさに見える。それを横目に通りすぎ、しばらくするとまた灯明が置かれている。点々、点々と、何かの道を示すかのように。
ここまで来たら、それが何のために置いてあるものかかぐらい、想像にかたくない。分かれ道にさしかかり、灯明が見える方向へ曲がる。進めば進むほど、不思議なことに灯明は増えていく。視界も徐々に明るくなり、周りの様子もうかがえるようになってきた。
まず視界に飛び込んできたのは岩肌に生えている草花だった。
「これは、枯れてるのか……?」
「真っ黒じゃねぇか」
かろうじて葉や花の形を成してはいるものの、その姿は真っ黒に変色し、水分を失ってパリパリに乾いていた。進めば進むほど、同じ姿の草花は増えていく。いや、むしろ形を残したものの方が少ないぐらいだ。 カラスが通る際に生じた大気の流れで黒い灰がフワリと舞い上がった。その下からゴツゴツとした岩肌がほんの一瞬姿を見せる。翼がかすった葉が黒い灰となって散るので、通路を埋め尽くす黒の正体はすぐに知れた。
そして気がつけば動物たちの気配もどこにもない。追ってくる気配も正面から来る気配も、不思議なほど何も感じない。
「はぁ…、なんか嫌な予感すんな」
エレオスがポツリと呟く。声には出さなかったが、ジズも同じ考えであった。二人の脳裏をよぎったのはこの先にある温室の状況。想定される最悪の事態を想像し、二人はそれっきり押し黙った。
灯明の数はどんどん増える。草花の黒が支配する空間で、それらは少しも輝きを失わずに空間を照らす。その時、彼らは初めて火、いや、火が生み出す光というものに強い畏れを抱いた。
先が見通せないほどのまばゆい光の怪物が、ほのかに光る小さなカラスをひと飲みしようとするかのように……。
「レオ、曲がればすぐそこだ」
「そうか。…さて、どう出ることやら」
温室の全滅がないことを祈りながら、二人は光に飛び込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます