第24話
コバルティアの灯りは地下で生活する上での必需品である。しかし、その一言では簡単に片付けられないほどの重大な意味がそこにはあった。
地下は灯りのない世界である。そこに一つの灯明を置いたことでこの生活は始まり今まで成り立ってきた。それがなくなれば生活が成り立たなくなる。不便なのではない、不可能なのである。永く生きてきたレウムにはそれぐらいよくわかっていた。
「私が聞きたいのは、わざわざ灯明のレプリカを作るためだけに、危険な《温室》に行こうとしていることだ。ここにも灯明はあるだろう?」
レウムにしてみればそのために図書館を開けたのであるから、言い分は最もである。
「だから、さっきの会話で《温室》のことしらばっくれてたの?知らないって言ってたよね?」
ジズはレウムをじろりとにらんだ。レウムはそれに対しては口を閉ざし、ジズの視線を真っ向から受け止める。
「まあまあ、二人とも落ち着いてよ。僕は灯明の材料が欲しいだけだ。《ロウアメ》がここにあって、かつ必要なものが全てあるなら《温室》には行かない」
あるなら、だけどね。とヴェーチェル。笑みを浮かべる口元と裏腹に眼光は鋭く冷たい。彼もレウムが《温室》のことを隠したことが気にくわなかったらしい。だが、それに気圧されるレウムではなかった。
「《温室》について黙っていたことは悪いと思ってる。けど、そもそも一から作る必要があるのか、これをばらせばいいだろ」
「ダメだ、まだ残ってる貴重な灯りを無駄にするわけにはいかない」
「なら持ち帰ってあいつに見せればいい」
「そんな時間があると思うか?」
言葉と言葉の応酬。すると、それまで黙っていたエレオスが舌打ちをして身を翻した。どこへ、と聞くレウムに彼は答えなかった。その腕に抱えられていた『地下動植物図会』が見えた瞬間、その場の空気がピリリと張りつめる。
短気なエレオスのことだ。このまま一人で《温室》を探しに行きかねん。レウムはもちろんヴェーチェルもジズも固まっていた。すると、当人はその反応を受け心底嫌そうな顔をする。
「なに見てんだ、てめぇら」
「どこへ行くつもりだよ」
「《温室》だ、他にどこがある?」
しれっと言ってのけるので、その場の空気が凍りつく。しかし、エレオスは深々とため息をつきながら続けた。
「……冗談に決まってんだろ。行かせるのはこいつだ」
言いつつ手のひらをかざすと、探索時に彼らを先導していた光るカラスを生み出された。エレオスの魔力で作られたこれは彼の分身であり意のままに操作できる。ヴェーチェルの操る影の行動範囲は自分の視界の届く距離に限られており、ジズの蜘蛛は複眼を活かし視界を広げることはできるが、移動能力はそれほど高くない。その点、エレオスのカラスは索敵にも使えるほど行動範囲も広く移動能力も高い。こういう調査の時にはうってつけであった。
普段のヴェーチェルならば気がつくはず。それができないぐらいに焦っているということか。
「そいつもうるせぇことだし、《温室》にはこのカラスを飛ばす。その間俺は動けねぇ、てめぇらで《温室》に行かないでもなんとかできねぇか考えろ」
でも、となおも不満そうな顔をする二人。エレオスは舌打ちをしながら、でもじゃねぇよ、と口にする。
「ヴェーツが言うように必要な材料がねぇんなら、多少の危険を犯してでも行くしかない。けどな、《温室》に着いたとして、目的のものがなかったらただの無駄足だ。だから、いたずらに命を縮めないために索敵のカラスを飛ばす。それぐらいはいいだろ?」
エレオスはレウムに半ば睨み付けるような視線を投じる。レウムは少し驚いた表情をしつつ、そうしてくれて構わない、と返した。だとよ、とエレオスは疲れたような顔をしてそこにあった椅子にどかりと腰かけた。
「……ったくよ、キレるのは俺の役目だってのに、てめえらがキレたら俺が冷静でいるしかねぇだろうが。この頭でっかちどもめ」
「悪かったな」
いつもだったら真っ先に怒り出すはずの彼にしては珍しく冷静である。白状すると、かなり意外だった。
「ありがとう、レオ。お陰で少し冷静になれたよ」
「礼はいいから、てめぇらはさっさとここで材料探しながら他の手を探れ。それと、この本はしばらく俺が借りとくからな」
『地下動植物図会』の表紙を指で示す。カラスを操作し無事に《温室》に至るために地図は必要だからだ。そちらはエレオスに任せるとして、ヴェーチェルはジズの方に視線を向けた。
「俺はまずこの図書館に《ロウアメ》が保存されていないか、蜘蛛を使って探してみるよ。望みは薄いけど、万が一があるかもしれないし」
先ほども述べたように、ジズの蜘蛛は複眼で視界を広げることができる。限られた空間の中でしらみ潰しに探索する今のような状況で最も力を発揮できるのだ。
「レオもジズも、魔力量に気をつけるんだよ。倒れたら元も子もないんだからね」
この図書館ついた頃に渡された魔法の理論書によると、魔法を使う者の体内には《陽》の気か《陰》の気が宿っていて、そのバランスによって使える魔法の属性が決定されるのだという。人間は本来 《陽》の気が優位であり、対極にある《陰》の気は毒となる。
そんな二つの気が稀に拮抗している者がいる。その者は属性を持たない魔法、いわゆる固有魔法が使えるのである。固有魔法は魔法陣を使うものよりも魔力消費量は少ない。しかし、使いすぎて魔力が少なくなると、体内の二つの気がバランスを崩し、《陰》の気が命を蝕み始める。コバルティアの民らが揃って短命なのは、固有魔法の使い手が多いのも一因なのだろう。
端的に言うと、固有魔法の使いすぎは命に関わるということ。
「わかってる。あの本読んだら、無理しようなんて気にはなれないよ」
「同感だな」
「それなら安心だね。……さて、僕は灯明についてもう少し詳しく調べてみるとするよ。そうだな、半日後にもう一回ここに集まって進捗を報告しよう」
三人は頷くとそれぞれの調査に取りかかった。
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